5-⑨ これからもお前以上は、いない
変わる、変わる、変わる。
それはヴァンの振り回す布団、それはグレイの攻撃する枕の座標、それは2人の立ち位置。
「ぼがっ!」
「ぐへっ!」
鞭のようにして顔に絡む布団の一撃が視界を塞ぐ。真上から振り下ろされる枕が頭を揺らし、見える世界を揺るがせる。
下からすくい上げる布の塊が内臓を叩く。脚にまとわりつく布団が体勢を崩させる。
「ヴァン!」
「グレイ!」
しかしそれも一瞬、すぐさまアドレナリンが充実した脳により目が相手をとらえる。戻るべきは臨戦態勢。そしてそれは実戦に変貌する。
「枕様の一発で目を覚ましやがれ!」
「はっ! 枕様は本来眠るために使うもの! それで目を覚ますとは、うまいことを言ったつもりか!」
当然それに比例するかのように激震する学生寮、建物内に人はもはやいないが、いたら地震を疑うほどに揺らす、揺らす、揺らす。
音を立てて、学生寮に傷を与えていく。
「相変わらずお前は口も下手! 肉体は言わずもがな! 恥を克服したとはいえ未熟も未熟! もう少し鍛えたらどうだ! ミリアなら何時間も付き合ってくれるだろう!」
「断る! あいつには幸せな時間のみ過ごしてほしいんだよ! 俺の退屈な訓練につき合わせるなんて論外だ!」
「どうかな! 想い人と過ごすときに重要なのは場所でも時間でもない! それは意志! 『お前といることが俺の幸せなんだ』と伝えることで地獄だろうがどこだろうが、そこは楽園へと変貌する! 今のお前の志を伝えたらミリアもクラっと来るだろう! いや、もう来てるか! 今から式が楽しみだ! 俺しか知らないお前の黒歴史を暴露しまくってやる!」
「じゃかあしい! お前もさっさと恋人見つけろや! そしてとことん俺にからかわせろ! 恥じろ! 悔いろ! 苦笑いしろ!」
グレイの横薙ぎの攻撃を飛んで回避するヴァン。ヴァンの手から伸びる掛け布団を枕で受け止めるグレイ。
「大望を抱いたものに恋愛は余計なものよ!」
「妻帯者でも夢をかなえた偉人なんざ掃いて捨てるほどいるわ!」
「ならば俺を悪とみてくれる女性だ! 性格も、容姿も、年齢も問わないからそれだけは守ってくれ! それこそが俺が望むもの!」
「悪と結婚する女性なんざいねえよ! 一番高い障害を設けるんじゃねえ!」
口が激しく回りながらも武器の攻防は止まらない。時に空振り、時に激突し、それが新たな闘争を呼び起こす。
1時間経ったのだろうか、それとも5分?
2人にはまるで分からなかった。ただ分かっているのは肩で息をして、心臓が脈打つ音を聞いていた。
「なあ……ヴァン……」
「なんだ……」
荒い息の中、発したグレイにヴァンはぶっきらぼうに応じた。
「元気出たかよ……?」
「……ふん、元気など出るものか。お前のそんなこざかしい心遣いなど、怒りしか湧いてこない」
一瞬の沈黙は驚きではなく、納得。ヴァンを力づけるために、かつて行ったものをなぞったことはヴァンも察していたのだろう。
「……へん、そりゃ悪かったな」
「謝罪などしたところで許すものか、お前の罪はそれほど重いものなのだぞ」
立ち上がりヴァンはグレイに指を突きつけた。
「よってこの怒りを解消するために俺は必ず魔王になる! そしてお前を副官にして、ミリアとの生活を破綻させるくらいこき使ってやる! それが俺の復讐だ! 恐れおののいて部屋の隅で震えてろ!」
それは先の言葉の撤回、それを素直に言えないが故の回答。
だからグレイも似たものを返礼とした。
「言ってろ! どうせ訪れるはずもない未来、精々枕様を高くしながら待つことにするわ!」
「お前に枕様を語る資格は無い! あれほど乱雑に使ったお前を枕様は決して許さないだろう! 見ろ! 俺の部屋が埃だらけだ! 枕様の綿まで抜けてる!」
「もともと引きこもって掃除してなかったお前のせいだろうが! だが枕様の件は謝っておく」
「ふん! お前に言われなくてもそうするつもりだったわ! あーあー、掃除する量が多くなって全く面倒くさい!」
先ほどまで鈍器と化していた枕と布団を抱えてドアに向かっていくヴァン。恐らく外で軽く叩いてくるつもりなのだろう。
グレイとの運動で体の固さがとれたのだろう。先ほどの様に膝を屈することなくしっかりとした足取りで、ヴァンはドアに到達する。
「グレイ……一度しか言わない。聞いてくれ」
ドアに手をかけた状態でヴァンが言ってきた。先の声量、色、全て違っていたがグレイは返事を渡さなかった。
それは無視ではない。沈黙で先を促したのだ。ヴァンもそれを分かっていたから、続けた。
「いつか言ったな。お前以上の友には出会えなかったと……あれを訂正する。これからもお前以上は、いない」
「……へっ、どう思ってくれてもいいけどよ、こんな態度をとるのはこの部屋を出るまでだからな。こっから出たら、またお前にどついたり突っ込み入れたりするからな」
「つい先ほどまでのやり取りで受けたものは、それに該当しないとでも言いたいのか? 最もお前の暴力など俺にしてみると、雨の一粒にも等しいものだろうが」
回る悪口だが、そこにグレイに対する憎しみも恨みもない。むしろ清々しさすらあった。それは友が気遣ってくれたことへの思いゆえにか。
「じゃあ……行ってくる」
息を1つ吸い、そして力を込め、ヴァンは勢いよく扉を開けた。再出発のための第一歩、それゆえ力を込め過ぎた。
あまりに勢い良く開けすぎたそれは壁に直撃した。
改装工事を後回しにしていた学生寮。長い年月による劣化が進んでいたコンクリートの壁面、先ほどの2人の男子によってもたらされた数々の破壊。
そのため壁にひびが一斉に入り、強度の急激な降下を招く。自重に耐えることが出来なくなった壁は崩壊を始め、それは隣へ隣へと伝播していく。
今ヴァルハラント学校の学生寮は完全崩壊を起こそうとしていた。
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