5-④ 全部経験できるのが友達なんだよ
■月□日
最悪だ。ヴァンと喧嘩した。
「グレイ、俺は魔王になる。お前にはその副官を務めてもらおう。ヴァルハラントに来たのもこの計画に都合が良かったからだ」
まだその夢捨ててなかったのかよ……俺は半分呆れながら説得を始めた。
「もういい年なんだから、そんなバカを言うのやめようぜ?」
「ここを卒業したら、俺達だって本格的に進路のことを考えなきゃいけないんだぞ?」
「第一魔王ってなんだよ、悪人になるつもりなのか?」
考えられるものは全て言ったつもりだが、あいつは首を縦に振らなかった。
それどころか
「お前ツンデレを学んだのか? 男ツンデレなど需要は無いぞ?」
とかトンチンカンなこと言ってきやがった! そこで思いきっりヴァンのことを殴っちまった……
考えてみたらあいつに暴力を振るうのは初めてだった。それどころか友だちと喧嘩することだって今までなかった。
手が痛い。思いっきり殴ったから当たり前だ。物理的に考えてもそれは自明だ。
でもそれ以上に心が辛い。
今まで過ごしてきた記憶がいくらでも思い浮かぶ。
楽しかったこと、バカやったこと、あいつに助けてもらったこと。
でもそれらは全部、過去になってしまった。
一瞬の行動で全てを台無しにしてしまった。そんな自分が情けなく、後悔しかない。
そんな風に部屋で一人情けなく泣いてたら、いきなり母さんが入ってきた。
「……一言くらい言ってくれよ!」
「言ったよ! あんたが聞いてなかっただけだよ!」
言うなり俺の部屋を片付け始める。帰ってきてから軽く荒れたから、色々部屋の中が散らかっていたからだ。
「それにしても……あんたも喧嘩する友だちが出来たんだねえ、私は嬉しいよ」
「……どういうことだよ?」
「友達ってのはね、ずっと仲いいから友達じゃないんだよ。仲良くするときも殴り合うときも仲悪くなるときも、全部経験できるのが友達なんだよ。そして本当の友達ならまた元に戻れる」
「……ほんとに戻れるのか?」
俺が絞り出した一言に、母さんは背を向けたまま答えた。
「あんたが戻りたい、って思わない限りそうはならない。それだけは言えるよ」
そうなんだろうか?
俺には確証を持てなかった。でも不思議と説得力があった。理屈も、理論も、証拠も少しも存在しないのに。
何故そう思うのか、それの正体が何なのか。やはりそれは、人生経験の差なのだろうか。
「……母さん、ありがと」
「ふん、親を甘く見んなよ」
■月■日
「……昨日はすまなかった」
学校が終わった後、校舎裏に呼び出したヴァンに俺は開口一番こう言った。
「何がだ?」
「……殴っちまって、悪かった」
「痣にもならなかったあれを殴ったなどとは言わん。気にしなくていいぞ」
「っ!……!」
またぶんなぐってやりたかったが、俺は耐えた。何といっても暴力を振るった俺が一番悪いのだ。なじる権利くらいは絶対にある。
「それよりもグレイ、お前あの弱さは何だ? 勉学に集中していたとはいえ、あそこまで弱かったとは……昆虫にやられた方が痛かったぞ?」
「……すまん」
……俺は耐えた。やっぱり悪いのは俺なんだ。
「……全く見習いたい時間の使い方だ。学生の本文である勉強も魔法も、そして武力までここまで発展させていたとは。お前の才能の前には、俺など到底かすんでしまうだろうな」
「………………」
「………………努力をしていてこの様なのか? なんだ? お前は時間の無駄遣いをするだけでなく、努力を結実させることすらできないのか? それならば何故お前はそんな努力をしているのだ?」
ブチンッ
「てめえ! 黙って聞いてりゃいい気になりやがって! こちとら気にしてる部分なんだぞ!」
「おおっと! また効果のない暴力が飛び出してきたぞ! 全くこれは真夏に降る雪が如くだ、つまり無駄! 無為! 無意味! グレイの人生の様だ!」
生徒、教員が大体帰っていたのが幸いした。俺とヴァンの一大決闘はこのとき幕を開けた。
魔法をぶちかまし、暴力という暴力を振るいまくった。狙えるところはどこだろうと撃ち込んだし、攻撃しまくった。
……俺だけな。そう、ヴァンはずっと受けるだけだった。
一時間は経っただろうか、俺は倒れた。
ヴァンを殴り蹴り、魔法を放ち過ぎて体力も魔力も尽きてしまい、悲しいが俺は地面に横になっていた。
くそっ、体力すらもたない。こうなっちまう自分が情けない。鍛えてはいるのに……努力してるのに……
「……すっきりしたか?」
「あ……?」
背中を見せて何か言い出すヴァン。息を戻すのに精いっぱいだった俺はそれを聞き逃してしまうところだった。
「体動かしてすっきりしたか、と聞いているのだ」
何を言ってんだこいつ──
「……いくらお前に協力したとはいえ、俺のわがまま半分でヴァルハラント学校に招いたんだ。お前が辛い思いをしているのなら、その責任はとらねばなるまい」
「……まさか、それで俺に、殴られたってのか? 攻撃させてたってのか?」
「……ふん、あんな攻撃は攻撃とはよばん。攻撃とは相手を傷つけるものを指すのだ。傷ついていないあれは攻撃ではない。だが……」
そこからはヴァンの声がさらに小さくなった。それを聞き取るために俺は呼吸すら細かく、小さくし、耳に神経を集中させる。
「副官の精神状態を整えるのもまた魔王の役目よ。殴ることで少しでも楽になるなら……俺は付き合う。それが俺を無視しなかった友に対する礼儀だ」
こいつは……バカか!
こんな解決方法があるかよ!
いくら俺が弱いからってサンドバックになって、イライラを解消させてやろうと図ったってのか?
挑発まがいのことをたくさん言って、俺に殴らせたってのか?
ほんっと……どうしようもないバカだ。
「いいか、グレイ。俺は昔からの友である、お前だからこうしてやるんだ。そしてそれは絶えず向上を忘れないお前だからこそだ。少しでも現状に胡坐をかいたら、すぐに見捨ててやるからな」
背中を向けながら続けるヴァン。恐らく俺に顔を見られたくないからだろう、それが俺に笑みを浮かばさせた。
「何が男ツンデレの需要が無いだ、お前が男ツンデレじゃねえか! ほんっと同性のツンデレなんか嬉しくもねえな!」
「ふん、力も弱ければ弁舌も立たんか? せめてどちらかは人並み程度に育てることだな。それでは何も守れんぞ?」
「言ってろ! 次はぶっ飛ばしてやるからな!」
俺は立ち上がり、手をヴァンに差し出した。それに気付いたのか察したのか、ここでやっとヴァンは俺の方に体を向けてきた。
「期待しないでおくぞ」
その俺の手をヴァンは固く握ってきた。
ああ、母さん。あなたの言葉が今実感できたよ。
友達って、最高だ。
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