4-⑮ 少しは恥ずかしさってのをもったらどうですか!

「だったら何が特別だと言えるんですか!」

「ずばり愛あって合意の上での生殖行為!」

「力説して言うことですか! 少しは恥ずかしさってのをもったらどうですか!」

 ミリアが言えたセリフじゃないよなあ、と内心でだけグレイは突っ込んでおいた。


「言うことね。何故なら愛を持った性行為とはそれこそ夫婦や恋人間でしか行われないものなのだから。ただ性欲を解消するための行いならば、それ専用の店にでも行けばいいし無理矢理手込めにすれば出来ること。でも愛の上での行いは違う。それだけは、それだけは如何なる金銀財宝を積んだとしても、どんな犯罪を犯しても行えることではない」


 すらすらと読み上げていく様はまるで演劇をする女優だ。あるいはこれこそがキウホの魂とも言うべきものなのか。

 幾万と自問し、解答し、否定し、その否定を否定し、研鑽されてきた信念。それゆえに生半可な理屈や感情を圧倒する力を秘めたもの。

「お互いのことを想い、労り、気持ちよくしようとする。これが愛の性交そのもの。そしてそれは私も渇き、焦がれ、切望するもの。愛を捧げ、愛を捧げられる。ああ、いったいどれだけの快感が得られるのか……? 私には想像すらできない」

「愛がほしいんだったら適当な誰かでいいじゃないですか! せんぱいで無くてもいいはずです! 例えばそこにいるキバットさんなんかどうなんですか!」

 え? 俺? とばかりに惑いながらキバットがミリアに振り向いた。しかしキウホは一顧だにしなかった。

「嫌よ。私は紳士を愛し、紳士に愛されると決めてるの。この男は先程自分の無力さを認め戦場から身を引いた。不得意を避けるのには一定の美を見出だしてはいるわ。でもそれでおしまい。紳士とは勇気と知恵を持ち、戦場で戦う者を指す。故にソー氏は紳士ではない」

「何だろう事実なんだけど果てしなく悲しくなる……」

 顔を俯かせるキバットにグレイは無言で肩を叩いた。


「その点このグラディウス氏は違う。敵わないと思った相手、バースの部下であるキバに対して攻撃方法を考えて戦った。結果的には敗北したかもしれないけど、その実力差を少しでも埋めようと足掻いたその様は醜くもあり美しくもある。正負どちらも持っている私が理想とする紳士像に価する。まだ欠点こそあるものの十分改善点で収まっている。即ち私の愛を捧げるに相応しいわ」

「何でそんなことを知ってるんですか!」

「あ、ごめん。それ俺」

 ミリアの抗議にも似た威嚇に答えたのは意外にもキバットだった。

「この間のせめてものお詫びと思って、俺とキバンカで学校中に言い触らしておいたんだ。そうしたらグレイも少しは人気出るだろーなと思ってさ」

「せんぱいが人気者になるのはすごく嬉しいですけど、今回に限っては余計なことをと言っときます! でもありがとうです!」

 憎まれ口をたたきながら、お礼を言うミリア。まさにせわしないの一語で表現できた。


 一方キウホはグレイを見ていた。満足そうな口許を浮かべながら

「知ってるわよ。勇敢な戦いをしたって。敵わないながらも必死になって食らいつくことで少しでも勝とうとしていたってこと」

「急所ばっかり狙いまくった挙げ句のボロクソ負けだけどな」

「だからいいのよ。紳士・淑女は弱いものを助けることも必要なもの。その点あなたは弱い。つまり弱いものの立場をよく分かっている。苦みをしらないものが甘さを知ることが出来ないのと同様、弱さを知らないものが弱者に優しくできて?」

「……弱いのは自覚しているつもりだが、そう面と向かって言われると傷付くぞ?」

「でも事実でしょう? 映像で詳細まで見たもの。ヴァン会長が録っておいたものを私に見してくれたわ。それもあったからあなたを紳士淑女交流部に勧誘しなければならない、と思ったのだから」

 よし、帰ったらヴァンのやつをぶん殴ろう。そう心の中に決心したグレイを横目で見ながら、キウホは向き直る。現在の討論相手、ミリアに真正面から挑むように。

「話がそれたわね。そろそろ決着を付けましょうか? 私達の議論に」

 ミリアが、後退した。それはすなわちひるみ、おびえの表れであることに気付いたのは数多かった。キウホの口調がゆっくりとしたものに変化したのものも証拠の1つだ。


「あなたは私にグラディウス氏に手を出すなと言ったわね。あなたの主張したいことは分かるし、引いてあげてもいいわ。私にも慈悲というものがあるし、あなたのことを無下にする理由もないのだから」


 嬲りつくすために、


「ただそうなるとあなたの希望は聞きもしたし叶えもした。でもそれならば私は? 私の願いはどうなるのかしら? 私の願いは叶いはせず一人枕を濡らす。最も私肉体無いから涙流せないけれど。ともあれそれはとてもおかしくも奇妙な奇天烈なお話よね?」


 反撃させないために、


「もしあなたが私に誰か素敵な素敵な紳士を紹介してくれるというなら私とて矛を納めるわ。自称、あなたのせんぱいにも一切関わらない。でもそれが出来て? 出来ていないわね。それならば私はどうしたらいいのかしら?」


 わざと無力感を感じさせるために、キウホはじっくりと論調を展開していった。


 舌の三連撃はミリアから平静と論理と思考を奪っていく。つまり打つ手をどんどんと無くしていっているのだ。

「あなたは私に対して攻撃、否定の主張だけはしておく。しかし代案を立てようとはしない。それは傲慢と思わなくて?」

「っ……!」

 かつて自分がキバに言ったこととほぼ同類のことを言われたため、ミリアの心は遂に屈した。

「私、この言葉は大嫌いだし存在してさえいないと思ってるけど、今回に限っては使おうかしらね……論破、と……」

「……」

 沈黙している、あのミリアが。

 口を閉じている、あのミリアが。

 言い合いに負けている、あのミリアが。

 恋人議論という不利な土俵に乗せられた時点で察する結果ではあったかもしれない。

 けれどまさかここまで完全なる静寂を強いられているミリアを見ることにキバットは驚いていた。ましてや付き合いの長いグレイならなおさらだろう。

 だからこの結果は当然であった。

「……待った」

 グレイがこの状況を看過できぬことは。

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