4-⑯ でもミリアを無視できないよな……!

 損得勘定で言えばこれは明らかに損としか判別できない行為であった。ミリアでさえ弁舌で打ち負かした相手なのだ。それを自分なぞが加勢したところで何が変わるというのか。

(でも……)

 先程と同じようにうまく反論できたとして、それが思うつぼなのではないのか。底の知れない彼女を見ているとその考えを杞憂とも言い切れない。

(でもよ……)

 そもそも自分は何をするためにここまで来たのか、ここに来た目的を考えれば主張しなければならない責務はない。黙っていれば、流されていれば、楽であり自動的に終わるのだ。


(でもミリアを無視できないよな……!)


 それは後輩として、生徒会の一員として、そして何よりミリア・ヴァレスティンという女性に対して、黙殺するという選択肢を取りたくなかった。

 出会った時から、そしてあの時から、ずっとそうであったのだから。


 それにグレイには最後に試したいことがあった。

(ミリアですら膝を屈したキウホの攻撃、論理の3連発。確かにそれをされたら辛い……

 ミリアでさえ黙らせたものであり、自らも効果を身に染みている。効果は絶大なものであるならば、それを相手はどう捌くか、捌けないのではないか?

 保証はない。だがそれでもやるしかなかった。それしか勝てる未来を見つけることは出来ない。


(かけるっきゃねえ!)

「お前代案を立てろとは言ったけど、ミリアがお前にそこまで義理のある魔族じゃねえだろ。我が儘言うだけ言って否定されたら代わりを寄越せとか、傲慢にも程があんだろ」


「もし俺が金塊寄越せとか駄々こねたとして、お前が代案まで提出しなきゃいけねえ義務があんのか? ねえよな? それとおんなじで、お前の我がままを絶対に達成しなきゃならない強制するものはねえんだよ」


「もしまた自分が偉い神様だから特別、だとか言うんだったら俺だって今決めてやる。俺も偉い神様なんだって。どうだ? 偉い神様の願い事は叶えるべきなんだろ? それとも俺の認定はお前の認定に劣るのか? その根拠は? それを納得させない限りには、矛盾なく説明しなければお前の主張だっておかしい限りだぜ」


 自分自身あまりうまい言い回しではない、とグレイは自覚していた。

 ミリアほども熱を込めたわけでもなく、キウホほど確固とした自信に溢れたわけではない。恐らくこの程度の言い方、他の多くの人魔が模倣できる程度のものだ。

 だが、それでもやはり一方的な強弁は議論のやり方を難しくする。それはキウホも特例とはなれなかった。この弁論がキウホからため息を引きずり出したからだ。

「……全く。何故私がしようとすると色々邪魔が入るのかしらね。これはあれかしら。世間一般で言うところの神の試練とでも言うやつなのかしらね。私は正しいことしかしてないのというのに」

「……呼び方なんざどうでもいいが、自分を省みることが出来ねえ奴が淑女って言えんのか?」

 それがキウホの心に突き刺さる弾丸と化した。


 キウホにしてみるとグレイの口撃など大したことは無かった。時間をかけさえすれば、いくらでもしゃらくさい口を叩けた。

 だがこれには全く浮かばなかった。

 礼節と真逆のことするのは後悔と恥を知るため、自制させることが目的。つまりは反省を知る行為であるのだ。

 だからグレイの一言いちごんがキウホの信念という鋼にヒビを入れた。そして自らの信念を揺さぶられたものは、動揺する。それも大幅に。これに例外はない。


 先ほどまでの自信に満ち溢れたキウホに狼狽が加わったのが誰の目からでもわかった。それだけでなく体も落ち着きを失くしたように、軽く揺れている。

「……今の言葉はきいたわ……まさかあなたに淑女のなんたるかを説教される日が来るとはね……」

 一度咳ばらいをし、キウホはグレイの方へ体を向ける。

「ありがとう、グラディウス氏。どうやら私も慢心していたみたいだわ。あなたのお陰で私は改めて淑女像を更新することが出来た。これでさらに上をいくことが出来そうだわ」

「どういたしまして、とでも言っておくべきか?」

「最初は時間稼ぎのつもりだったけど、今は違うわ。本気であなたが欲しくなった。例え一時的に2人がかりで来たとは言え、私をここまで口喧嘩で封殺した者は生きてきた中ではじめてよ」

「……時間稼ぎ?」

 本日何度目か、想像の範疇からの襲撃はグレイらに戸惑いをもたらした。それに例外とされるのは、発言者キウホのみ。


「改めて名乗りましょう。私はキウホ・リトリッチ。学校裏生徒会四天王の1人よ。最も今となってはどうでもいいことだけれど」

「裏生徒会ですって!」

「四天王の女性とはお前のことだったのか……」

 しかしキウホの興味の分野に入っていたのはあくまでグレイだけだったようだ。他の2人には目もくれず、キウホは話をつづけた。

「さて優秀なるグラディウス氏に敬意を表し、単純な試験をあげるわ。生徒会構成員はグランハウンド氏、グラディウス氏、ヴァレスティン氏、名誉会員のセイクリッド氏の合計4名とその他何人か。さて今ここに2人とその他がいて1人とその他は外出中。生徒会室に残っているのはだれかしらね?」

「陽動だったんだな……」

「そうね、最初はそうだった。あいつが目的を果たすまであなた達を引き付けておくための。でも今は違う。あいつの目的なんてもうどうでもいい。あなたは絶対私のものにしてみせるわ……」


 それを言うなりキウホは大気に溶ける様に姿を消した。透明化かそれとも転移の魔法か、区別はつかなったが、それに関心を払うものは誰もいなかった。

「グレイ! お前と書記係で生徒会長のところへ向かえ! 俺はバースさんに知らせてくる!」

 今この場でいるのは言葉ではない、行動であることをグレイもミリアも分かっていた。だから頷き1つの後、屋上から駆け足で退去した。

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