4-⑨ 背徳的かつ征服的、嗜虐的行いなんて最高だと思わないかしら
屋上にはキバットしかいなかった。
先日見た時と同様、いくつかの椅子が並んだ構図に加えて、何処かから持ち込んだのか、机がいくつか設置してあった。その机の前でメモを片手に白紙の紙と向かい合いながら、キバットはなにやら書きこみをしていた。
そのキバットに近づいたとき、グレイは気が付いた。そこに書かれた字が先ほど自分が見た手書きの報告書の文字と同一であることに。
(あれソーが書いていたのか……)
謝罪文の文字を思い浮かべてみると、かなり整った字で書かれてあり、読みやすかった。自分とは違うな、とグレイは軽い口惜しさを覚えなくもなかった。
「お、来てくれたか」
グレイに気付いたのだろう、キバットが手を止めてこっちに体を向けてくる。そして適当な席に座ってくれ、とばかりに手で指し示す。グレイはキバットに近い適当な席を選びそこに腰を下ろして
「一体どうしたんだよ? ソー」
「キバットでいい。下の名前は呼ばれ慣れてないからな」
だから、と前置きしてキバットは机の報告書を1カ所にまとめる。貴重な書類故か、かなりきっちりと整えしっかりと紐づけして箱にしまってから話し始めた。
「俺もお前をグレイと呼ばせてもらう。そしてグレイ、お前にきっちり謝っておきたい、と思ってな」
「……ああ、あれだな」
あまり思い出したくない過去のため、グレイの顔が奇妙に歪んだ。
屋上で、故意でなかったとはいえ喜悦とは程遠い思いをさせられた事実、いい思い出のはずはない。
被害者ならばそれは当然の心理であり、また同様に加害者にしてみても胸がスカッとした訳ではなかった。
「あのときは本当にすまなかった……」
椅子から降りて膝を屈した。手と手をあわせて祈りを捧げるような格好をするキバット。グレイは詳しくなかったが、それが彼の種族にとって最大の謝罪の格好なのであった。
「謝ろう謝ろうとは思ってたんだ。だけどついつい言えなくて、それもすまん。わざとじゃなかったとはいえ尻や……その、あそこは痛かっただろ……」
「まあ……そりゃな……」
思い出したくは無かったが否定出来るものでもない。故に曖昧な返答でグレイは逃げた。
だが、それは気遣いとも取れる。事実、キバットはその様に受け止めた。
「あのときは本当にすまなかった……だから俺は決めたことがあるんだ」
立ち上がり、拳を構える。グレイの目の前で。
「俺はあんたの力になる。バースさんが生徒会長のために力を振るうように、あんたの身を害しようとする奴がいるなら、俺が力になる」
全く飾り気のない言葉、不器用ながらも誠意を溢れるもの。それをグレイは感じ取れないはずはなく、自然と顔がほころんでくる。
「……ありがとうな」
故にお礼の言葉も自然に出てきていた。その中に真心を多分に含まれているのはキバットにも伝わっていた。
「もちろん尻や股もだ。もう何か変なものは突っ込ませたりぶつけさせたりはしないぞ」
「それはもういいから」
「お話し中大変失礼するわね。スッゴク興味があるから聞いてもいいかしら。どんな感じだったの、お尻に何かを突っ込まれるというのは」
もうすでに聞いてるじゃねえか!
というのが喉元まで出たがグレイはそれを引っ込めた。いつの間にか来ていた、全く覚えの無い魔族からの絡みに戸惑ったからだ。
目深にフードをかけているためその顔の上半分や髪の毛は見えない。眼鏡をかけているのだろう、かろうじて硝子と金属枠の一部が見える。
全身を覆うローブのようなもの、ヴァルハラント学校指定の上着を着ているため、胴体部分はあまり確認できないが、声色から女性だとうかがえる。
そして何よりの特徴。足が無く浮遊している。
あまり知られていない幽霊型の魔族だ。それがいつの間にかグレイとキバットの間から顔を覗かせてきていた。
「な、なんだあんた……」
「キウホ・リトリッチ。あなた達と同じ2年生よ。そんなことはどうでもいいでしょう。さっき一体何を話してたのかしら、お尻がどうこうって。あそこに当たったって。もしかして男の人しか持ってない特殊部位に当たったってことなのかしら」
「いやあれは……」
詳細の返事を提出する前にキウホと名乗った魔族が続けてきた。恍惚としているのが感じられる声音で。
「私ね、そういうの大好きなの。本来排泄場所として機能しているそれに、逆に何かを入れるとか当てるとかいう背徳的かつ征服的、嗜虐的行いなんて最高だと思わないかしら。そしてあなた方はそれを実践してきた。私はそれを『見た』ことはあっても『感じた』ことはない。だから何を得たのか、どのようなものを感じたのか。それを聞かなければ私は一生後悔する。だから聞かせて。お尻で何をしたのかを」
いきなりこいつは何を言ってるのか? グレイもキバットも全く同様のことを考えたが、反応は対照的だった。
この発言にどん引きしたため、キバットはそれ以上言う言葉を失くした。
しかしグレイはその性格故か、それとも突っ込み役としての性分が働いてしまったのか、絡み始めた。
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