4-⑥ 今日中にできたら特別にグレイ本体が無料で付いてくるぞ

 仕方なさそうに肩をすくめたヴァンはゆっくりとグレイの手を解いた。そしてミリアの方を向き

「ミリア、お前の希望は分かった。しかしやはり上着は報酬が過ぎるというものだ。それに下着もかなり上位の報酬である」

「そんな! ひどいですよ会長! もらえるかと思ってもらえないなんて! そういうの詐欺って言うんですよ!」

 食って掛かるように抗議するミリアにヴァンは手を突き出して制した。

「焦るな、何も先の話を撤回するわけではない。そのように屁理屈をこねて約束を反故にするようではヴァン・グランハウンドの名が廃るというものだ」

「そうですよね! 会長の神っぷりに傷がついちゃいますよ! せっかくいい人なのに勘違いされて悪人として見られるなんて悲しすぎますよ!」

 眉が跳ね上がったのをグレイは見逃さなかった。また、血管が数本額に浮かんだのも。

 しかしそこでとどめたようであり、口調は先ほどと変わらない、生徒会長のものになっていた。

「だからミリア、こうしよう。お前が今日中にその仕事をこなしたら、グレイの上着と下着を共にやる。しかし一日、一日と遅れるたびにそれが少しづつ減っていく、というのは」

「今日中!? ちょっと待ってください会長! 今日はそんな長く残れないじゃないですか! 日が短くなってきたから下校時間が早まったばかりなのに! それでいて今日までなんですか!? 酷すぎません!?」

「ちなみに今日中にできたら特別にグレイ本体が無料で付いてくるぞ」

「行ってきます! 誰が邪魔しようが何してきようが今のあたしを止めることは出来ないと断言できるくらい行ってきます!」

 人権無視甚だし過ぎんだろぉ!と吠えた声が室内に響いた気がするがヴァンは気のせいだと思うことにした。ミリアも反応していないし、やはりそれが正しい認識なのだろう。少なくともヴァンはそう思い込んだ。


「それじゃ会長! せんぱい! 早速行ってきます! あんな連中、裏生徒会なんて訳わからん集団、コテンパンにのしちゃう作戦考えてくださいね!」

 そういうなりミリアはドアを派手に開けて出ていった。以前の生徒会室と似たような作りではあるが、部屋から出ていくためにドアが反発せず、そのまま駆け出して行けた。

「コテンパンにのす作戦か……いやはや、ミリアもの期待に応えるためにも全力で裏生徒会を倒さなければなるまい? そのための作戦、何かあるか?」

「……よく言うぜ。そんな気がねえくせに」

 その言葉にヴァンは意外さ顔に張り付かせた。しかしグレイは見ようともせず、むしろその顔を見たくないとばかりに背中を向けて続けた。

「お前、あいつら潰す気がねえだろ? それどころかどうにかして存続させてやろうとすら考えているだろ?」

「……その根拠は? 私は先ほど奴らに皮肉すら飛ばしているのだぞ?」

 嘲るような笑いをするヴァンだが、グレイは冷淡だったのか、それを道化と取ったのか。構うことはなかった。

「裏生徒会の面々は確かにどうしようもない集団かもしれねえけど、一つにして最大、そしてお前が望んだものをくれた。だからお前が潰すはずはねえんだよ」

「……それは?」

 ここでグレイはやっとヴァンの方を向いた。その指先をヴァンに突きつけながら。


「お前を『悪』と呼んだことだ」


 静穏、生徒会室を包んだものの正体。そしてそれが嵐の前の静けさであることをグレイは理解していた。

 何故ならヴァンの顔に不自然な笑みが宿ったからだ。先ほどの嘲笑とは違う、もっと色んなものを含んだ、歪んだ、何か。

「男子3日会わざれば刮目してみよ、か……時の流れとは偉大なものよな、グレイ。お前を少し見直さなければなるまい」

 くくく、忍ぼうとしても押さえきれない笑いがこみ上げる。

 グレイの成長を喜んだ、大人の笑い。少なくとも最初の数瞬はそうであったが、それは徐々に塗りつぶされていく。


「くふ……くく……こふふ……」

「………………」

 震えが抑え切れなくなってきている、不自然に体が揺られている。まるで悪霊でもとり付いたみたいだ。

「はは……あは……ふは……」

「………………」

「ふひは……ふはっ、ふはっ……」

「………………笑ってもいいぞ」

 堪えきれなくなった笑いに見苦しさを感じたのか、色々と諦めたのか、そのグレイが許可を言い渡すとほぼ同時


 ヴァンは哄笑した。


 口を大きく開けて肺を空っぽにしたのではないか、短い息継ぎの後に再び高笑いの演奏が始まる。

「わ」と「は」と「あ」と三重奏がこれほどまでに人の喜びを表現できるものなのか。

 そんなことをぼんやり考えていたグレイはその笑いが治まるのを待ってから、時間にして1分程度は経ったが、そこでやっとヴァンに絡み始めた。

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