3-⑮ 強えけど、負けたくねえ!
格闘ではない、これでは虐待だ。
そう思ったキバットの判断は決して大袈裟なものでは無い。
キバだけが攻撃をして、グレイはそれをわずかながら防御しているがほぼ一方的にやられている。腹に次から次に拳を受けて、逆流するものを必死にこらえている。
通常の人ならとうに嘔吐していても不思議ではない。それをしないのは根性故か。それとも防御に自信があるのか。
ともあれキバットは視線をミリアに向けた。
案の定見ていられないと言わんばかりに焦りが見られた。
両手をしっかりと組んでいる、確認できないが恐らく汗で湿っているだろう。落ち着きなく体を揺らしている。視線こそグレイ一点を見つめているがそれは逆効果、一発一発打たれる度にミリアの顔も曇っていく。
「せんぱい……!」
「手を出すなよヴァレスティンさん」
遂に痺れを切らし空間内に入ろうとするミリア。それを体で止めたのはキバンカだ。
「退いてください! せんぱいがあんなにやられているじゃないですか! 見ているだけなんてあたしには出来ません! あなたが先輩だろうと立ちはだかるならぶっ飛ばして通ります!」
簡易魔法すら作成し始め、それも手で抱えきれない大きい炎、を突きつけようとしてくる。しかしその温度の十分の一すらの大きさすら伝わっていないほどに、キバンカは冷静に返した。
「あんた最初にグラディウスに何て言われたのか忘れたのか?」
「何って……」
「グラディウスは『見ていてくれ』と言った。『手を貸してくれ』とも『代わってくれ』とも言ってなかった、なのにあんたは加勢するのか?」
「それは……!」
そこでミリアは止まった。
反論の言葉など幾らでも浮かんでくる、「言い忘れていただけです!」とも「戦いながら見れることだってできます!」とでもこねることは出来た。
だがそれらどれもが空転するものだとミリアは肌で感じた。
『見ていてくれ』
そこに込められたグレイの意志をくみ取れないミリアではない。
「グラディウスは分かってたんだろうな。自分じゃキバに敵わないことを。だから前もってあんなことを言ったんだ」
「だが何故だ? 敵わないと分かっていたなら何故助けを求めなかったんだ? 一方的にやられることを望んだのか?」
自分で言いながらそれは無いな、とキバットは思った。それに見合う理由が見付からなかったし、そんな性分の持ち主ではない。
直接言葉を交わしたわけではないが、関わったのも加害者と被害者という最悪なものだけれども、グレイは良くも悪くも普通の人族であるとキバットは批評を下していた。
「勝てないと分かっているのに、挑んだ。その真意は分からん……分からないからこそ、『見ていてやる』べきではないか」
何発の拳が衝撃となっただろうか
「っ!」
何度骨が軋み、体内の血管を引き裂いただろうか。
「っ!」
遂にグレイは両膝をついて屈した。
抑えよう抑えようとする意思の力に、肉体の悲鳴が勝ったのだ。そしてそれは終焉を意味するのではなく、さらなる攻撃を呼び寄せるものになる。
「どうした彼女持ち! どうした勝ち組!」
倒れかかっているグレイの肩に踵を引っ掛け、そのまま引き寄せる。力の流れに沿ってグレイはうつ伏せに倒れ伏す。
「そんなもんかよ!」
そして思い切り踏み下ろした。背中に当たる一撃は骨よりも肺への負担となった。息が詰まる。
「ぐうっ!」
逆流してくるものは堪えたが、苦し気な息までは隠せない。
「勝ち組ならよ……! 俺より上ならよ……! 俺に勝ってみせろや!」
立ち位置を変え、今度は蹴りが飛んでくる。左脇腹、鋭く爪先が刺さる。
「ぐはっ!」
「お前こういうのが好きなのか? 少しは抵抗して来いよ! 一方的にやられたいの、かよ!」
今度は少し位置をずらして肋骨付近を打ってくる。筋肉を貫通してきた打撃は直接神経を刺激したように痛みを感じる。
(やっぱ勝てねえ……! こいつ強え……!)
連打を受けながらグレイは思考していた。痛覚は刺激されていたが、逆にそれが思考を明確にしていた。
(強え……)
本来人族の頭脳はそのようには出来ていない。命に対する危険信号として受理された痛みがすべてを支配し、思考を停止させ逃亡を図るのが通常である。
だが例外もある。
それは感覚を意志が上回っているときだ。今のグレイがそうであるように。苦痛をねじ伏せてまで折れない鋼の信念がすべてを支配するとき、苦痛は第三者となるのだ。
(強えけど、負けたくねえ!)
負けたくねえけど強え、ではない。強えけど負けたくねえ、という信条はそれに足り得ていた。
即ちグレイの闘志は萎えてない。まだやる気なのだ。
しかしそれは内面での話、外部から見ていた、特に審判役のキバットなどは試合を止めにかかろとした。
ほぼ同時に、更なるキバの追い打ちの蹴りが放たれた。
「そらよ!」
何度となく繰り返した行い、一方的な攻撃の一発。だから気合も載っていない油断の一撃。それをグレイは狙った。
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