3-⑭ 大負けに負けて頸椎で許すぞ

 空間内はかなりうまく作られていた。

 床にしても壁にしてもほぼ生徒会室と同様のものであった。質感も木目の床と変わらず、感触を確かめようと手を触れてみるが違和感はない。

 壁も軽く叩いてみたが、これも木製そのものの触感であった。生徒会室の中に新しい生徒会室が出来ている。矛盾しているように聞こえるがこう表現するのが適切であろう。

 その新しく出来た生徒会室の一番端にいたキバは、グレイが入ったのを感じたのだろう、柔軟をやめて視線を向けてきた。


「聞こえてたぜ~? 彼女にいいカッコ見せたい、てか? 気に入ったぜボコボコにしてやる」

 3人がかりだからなのか、それとも元々そういう仕組みなのか、限定された空間内では音を遮断していなかった。

 だから先程のやり取りはキバの耳にあますことなく入っていた。それによりキバの怒りが増幅されたのが見て取れる。

 こめかみの血管が引くつのが見て取れる。

「そんなんじゃねえよ」

「じゃどんなだよ?」

 グレイは答えなかった。

 またキバも明確に返答を求めていた訳ではなかったから、それ以上追及はしなかった。

 それよりも目の前に迫っている勝負に興味を寄せた。


「勝負の始まりはこの硬貨で決めようぜ。ほんとはキバットに任せたいんだが、狭い空間内だ。逃げ遅れても面倒だしな」

 ポケットから取り出した、最も貨幣価値の低い硬貨を見せてきたキバ、それに応じてグレイは頷いた。

「俺が上に放り、地面に落ちた瞬間試合開始。時間10分の無制限試合。さすがに殺しはしないが、骨の何本かは覚悟してくれよ~?」

「……一番影響が少ないと聞く足の小指で勘弁してくれないか?」

「大負けに負けて頸椎で許すぞ」

「俺死んじまうよな?」

 にっと笑いキバは硬貨を放った。目視することも出来ない速さで、幾度も幾度も回転していくそれは放物線を描いて上昇、そして一瞬の静止の後落下運動を始める。


 キィーン


 甲高い音が限定された空間内に響く。今ここに戦いの火蓋は切って落とされた。


 開幕は静かなものだった。

 お互い踏み出さず静かに足をにじり寄る。

 じっくりと、ゆっくりと、時間をかけて近付いていく。

 どちらも飛び出そうとすれば出来るのだが、あえてしていないのだ。片方は相手の強さを感じていたために、もう片方は相手に威圧を仕掛けるために。

 遠距離、中距離、近距離と二人の間が少しずつ変化していき、拳の会話が叶った瞬間

「ふっ!」

 呼気と共にキバの右拳が飛ぶ。目標地点はグレイの顔だが


「!」

 それを腕の防御で止める。ほう、と感嘆に似たため息が漏れた。

「よく止めた、だが」

 拳が解かれ掌となり、防御した腕を掴む。

 移動を止められた。それを思いついたときに第二打は動き始めていた。

「腹が!」

 離れようとしたが、遅い。

「がら空きだぜ!」

 腰回転による遠心力の乗った左腕の一撃がキバから飛んでくる。

 咄嗟に腰を引いたから直撃は回避した。

「ぐっ!」

 それでも肝臓直撃。悶絶を覚える。

「折られるのは肋骨がいいのかい? それなら……」

 グレイの返事を待つことなくキバは行動した。

 足を僅かに動かし距離の微調整、打撃力が最上級になる、最も打ち込みやすい場所に変更する。

「そうして! やるぜ!」

「がっ……!」

 魔力で硬質化した拳、まるで石そのもので殴られた様にさえ感じている。

 それによる打撃が腹膜の痛覚を呼び起こす。内臓を保護している神経集中部分が一気に覚醒し、グレイの脳内に危険視号を届けていく。

 至極、次第に肢体の自由が奪われる事態になるのは自明だった。

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