3-⑬ これからの勝負、見ていてくれ

 空間作成。

 文字通り空間を作成する魔法だ。元々の空間に魔力による異空間を作成、強制的に割り込ませるものだ。無理矢理身近な例をあげるなら、本が詰め込まれた本棚に新しく本を無理矢理入れる行為が近いと言えるだろうか。

 世の中の摂理を曲げる類の上級魔法。さらに魔力量や状態維持のためには1人で出来る範疇を超えている。最も完璧さを求めればの話なので、かなり質を落とせば不可能すぎる話ではない。

 そこに加えてキバット、キバンカ、ミリアという魔力の扱いに慣れた3人が加わったのだ。魔術文字を床に書き綴り、集中力を高め、魔力を注いだ結果、可能となった。


 生徒会室の中央、机やら椅子やらは全て脇に寄せて教室中央をまるまる開けた場所。そこに立方体に切除された、限定された空間が設置されていた。遠目から見ると、生徒会室の中央にまるで特大ゼリーか何かが置いてあるように見える。

 だが当然中身は違う。作られた世界がある。歪んではいるものの、木製の床、同じ材質で作られた柵が見られる。生徒会室の中に小さな新しい生徒会室が出来たようなものだった。

 ともあれ3人は即席の戦闘場を作り出したのだ。


「空間作成なんて初めて見たぞ……」

感嘆したグレイの声に応じたのはキバットだった。一度大きく頷き

「3人がかりだからな。俺達は魔族でもあるし、魔法ならまあまあ得意だ。だがそこまで長くは持たない。精々10分が限度だろう」

「10分! 充分! そんだけありゃ十分喧嘩出来るわ!」

 激情を表すかのように、拳と拳を何度も打ち付けるキバ。その度に鈍い金属をかち合わせた様な音が響く。

 魔力を通して硬質化させてる。それもかなり濃縮させたもの。魔法に詳しく無いグレイでもそこは分かった。

「先行って待ってるぜ!」

 意気揚々とキバは切除された空間内に走っていった。そしてまるで造成された空間内に、まるで水の中に入るようにして、入っていった。


「すまんな、あいつに付き合ってやってくれ」

 キバを見ていたグレイの肩にキバットは手を置いた。その手は特別なものなのか、と疑えるくらい優しさがグレイには感じられた。

「あいつは悪党じゃないんだが、如何せん女が絡むと暴走するんだよ。悪いとは思うんだが、野良犬にでも噛まれたと思って諦めてくれ」

「治癒魔法は俺も不得意ではないから行おう。詫びも後できっちり入れるから、だからすまん。今は耐えてくれ」

 キバット、キバンカは揃って頭を下げているため、グレイはそれ以上悪態も何もつけなくなってしまった。最も内心では不満の芽が麻の芽の如く生えてきていたが。


「それには及びません! せんぱいの傷は全てあたしが面倒を見ます! あたしだって回復魔法には自信があるから大丈夫です!」

 しかしミリアはそんなグレイに心中を読み取ることが出来なかった。それどころか戦意を煽るように、その場で拳を突き出す。格闘技の練習で見られる正拳突きの様に。

「だからせんぱい、遠慮なくやっちゃってください! あんな無礼な人、やっつけちゃって下さい!」

「……やるだけやってみる」

 グレイの返答はミリアの意気込みとはまるで正反対を向いていた。

 空間生成の際にも軽く準備運動していたキバだが、それを見ているだけで実力が伝わったからだ。


 軽く跳び跳ねながら足の動きを解していた。見ただけで分かる足腰の軽さ、明らかに戦い馴れしているものだ。

 腰の回転を含めた連撃を出していた。早く、短く、実践的な一撃を次々と繰り出していた。

 幾度もの修羅場を潜り抜けて来たであろう鋭い意思を宿した目。眼光から放たれるものだけで、相手の気迫を削ぐことすら出来そうだ。

 しかもこれら全ては相手が持っているものであり、グレイは持っていない。どう贔屓目に見ても楽勝は訪れないだろう。


(……死ぬことは無いだろうが、色々覚悟せにゃならんだろうな……)

 だからこそ

「やるだけやってみる」

 なのだ。絶対倒すだとか勝つだとか、口が滑っても言えない。

 だが言いたいことはそれだけではなかった。グレイにはミリアに伝えておきたいことがあった。

「ミリア、頼みがある」

「はい? 何でしょう?」


 グレイはすぐに後は言わなかった。ミリアの方に体を向けて、じっと見てきた。

 それが一瞬ミリアを戸惑わせた。決して嫌いではない、それどころか胸を張って好きと言える表情だが、いきなりそれをされたのではためらいも生じる。

 しかしそれを口にする前にグレイが先手を打ってきた。

「これからの勝負、見ていてくれ」

 一瞬ミリアは鳩が豆鉄砲を受けたような顔をした。

 がそれはすぐ解除された。満面の笑みで応じた。

「言われるまでもありませんよ! ずっと見てます! せんぱいの活躍、あますことなく! 全部見ますとも!」

「……ありがとうな」

 そう言うとグレイは切断された空間内に足を踏み入れた。

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