3-⑪ それが世界の意志だからだ!
「あの……正直なところ何しに来たんだ?」
キバットは苦虫を噛み潰したような渋い顔で
「あー…まあ、色々あってキバが耐えきれなくなったから飛び出してきた。俺達はそれについてきただけだ」
さすがに盗撮してましたとは言えなかったため、適当にぼかした言い方で逃げた。そしてそれがキバの意識をミリアからグレイに向けさせた。
「そーだー! 俺はこんな不毛な口喧嘩はどうでもいいんだ! グレイ・グラディウス! お前に用があるんだ!」
「不毛とはなんですか! 私にしてみるともの凄く重要なんですよ! いきなりやって来てせんぱいとの貴重な時間を邪魔してきてまで仕掛けられた討論! ねじ伏せてやらなきゃ気がすまないです!」
「ミリアそこら辺にしとけよ、この口論はお前の勝ちだ。これ以上やんなくたって俺は分かってるから」
さすがに見かねたグレイが仲裁をしようとしてくる。
しかしミリアの感情は爆発していた。それだけでは収まろうとはせず、目を吊り上げて
「せんぱい止めないでください! この人はあたし達の邪魔をしたんです! あたしはね、後輩なんですよ! 先輩後輩というのは話せる時間が限られるんです! 授業はもちろん、休み時間も昼休みを除いてほとんど関われない! たった年齢が1つ違うというだけで、共有出来る場所も時間も大幅に削られる! すると思い出も限られるんです! だからこの時間を邪魔するというのならあたしは神とだって喧嘩します!」
「えらい啖呵の切りようだが、あんたに用はねえ! 俺達の用があるのはあいつだけだ!」
「そうですかでもあたしはあなたに用があるんですよ! だから大人しくそのそっ首を差し出してください! あたしの舌を剣として叩き落してあげますから!」
「舌で首を切るってどういう状況なんだろうな?」
「うなじの辺りから喉の方に向かって舌で這うとか?」
半ば傍観者となっていたキバットとキバンカが口をはさんだ。そしてその内容はキバにとって望ましいものであったようで、一気に鼻の下が伸びる。
「おおおおお! それならやってもいいぞ! いや! むしろぜひやってくれ!」
「せんぱいだったらいざ知らず、あなたにやるなんて考えただけで気持ち悪いんでやめてください!!」
「自分で言ったことだろうが! それにお前に気持ち悪がられるほど俺の首は汚くねえ! それどころか常在戦場、いつ死ぬ覚悟もできている俺はいつでも首をきれいにしているんだ! だから舐めても大丈夫だぞ!」
「衛生的な問題じゃなくてそれは生理」
「ミリア! それ以上いけない! それ以上は男子にとって言われたらきつい一言大賞に輝いたっておかしくない言葉だ! 本当にやめてやれ!」
恐らくは「生理的に無理」とミリアは言いたかったのだろうがそれがもたらす破壊力をグレイは理解していた。遮った方がキバのためであり、
「でもせんぱい! この人が!」
「分かる! その気持ちはわかる! でも俺が知っているミリア・ヴァレスティンって人はそういうひどいことをしない人だと思ってるんだ! 優しい心をもっている女性だと思うんだ!」
効果は抜群だったらしい、それまで静謐とは無縁のものであったミリアを一気に結び付けた。
「ミリアはお喋りだけど心は優しくて尊敬できる女性、俺はそう思ってたんだけど間違ってたかな?」
放たれたほめ言葉の第二矢、それはミリアの心に突き刺さったらしい、
「分かりました! ミリア黙ります!」
姿勢を正してミリアは口を真一文字に閉じた。一言も言わない、そんな鉄の意志を体現しているようであった。
ひとまずミリアを黙らせることに成功したグレイは目でキバットたちに促す。
早く言え! ミリアがしびれを切らす前に!
それに気付かないキバットではない、だからグレイに倣い視線をキバに飛ばした。
そしてキバもまたそのバトンを引き継いだ。効果音すら聞こえてきそうなくらい、指を突きつけてきた。
「おい副生徒会長にして彼女持ちの勝ち組様よ! この彼女いない歴年齢の哀れな負け組の代表の俺と戦え!」
「……何でだ?」
さんざんぱらやらせておいてこれかい、そんな不愉快さを心中に感じながらも無視せずグレイは応じた。
「それが世界の意志だからだ!」
しかしそれにキバは全く気が付かなった。そして声高らかに宣言した。
「この世は常に下克上! 上にいるものは下にいるものに追い落とされる! だから俺に蹴落とされろや!」
「……」
グレイは無視したわけではない。むしろきちんとその言葉を受け止めていた。しかしそれに対してどう返答したものか、それが判断付かなかった。
(こいつは一体何を言っているんだ?)
キバが話そうとしていることが僅かも理解できずに疑問符を浮かべまくっていると、その肩にキバットの手が置かれた。
「要するにお前が気に入らないから一発ぶん殴らせろ、と言いたいんだ」
「すまんが、八つ当たりされてやってくれ。あいつはああなると止まらん。怪我はするかもしれんがその補償は俺達とバースさんでしておくから」
「ええー……」
何でこんなことに俺が付き合わなきゃいけないんだ、という気持ちを表情一杯で示していたグレイ。当然申し訳ない気持ちでいっぱいになるキバット。
そんな2人の間にキバンカが割って入った。
「グラディウス、これは裏を返せば好機だぞ」
「好機ぃ?」
全く信じられていない声を出してくるがそれに気おされず、キバンカは自説の主張を始めた。
「考えてみろ、俺たちはお前をぶちのめそうとする悪役。2人がいちゃついていたことが気に食わないために襲い掛かってきた外道。そんな非道な奴と必死で戦う姿を見た彼女はどう思うだろうか、思わず惚れ直すのではないか?」
「ちょっと待てよ、色々突っ込みどころ満載だぞ。はっきり言うが俺は弱い、そして今の話は勝利があってこそだろうが。負けたら惚れ直すもくそもねえだろうが。そもそも何でお前らが……その、生徒会室で話し合っていたことを知ってんだよ?」
しまったとは言わなかったし、顔も特別表情を変えなかった。キバンカの策士としての面が十二分に働いてくれた。見えない部分では汗が噴き出たが。
「確かに勝利こそ最上のものだろう、そして負ければ勝利とは比較にならないものしか手に入らない。だがそこで逃げることの方がさらに男らしさを損なうとは思わないか?」
「いや、それはいいから何で俺とミリアの話を知っているんだよ」
「今グラディウスの前には選択肢がいくつかある。言う通り戦闘するか、降伏するか、逃げるか。どれが一番いいものか、賢明な君ならわかりそうなものだと思うのだが、買い被りかな?」
「俺の質問に答えろよ! 何で知ってんだよ! もしかして盗聴でもしてたんじゃないだろうな!」
遂に真理に到達してしまったグレイ。このままでは捜査の手がバースやヴァンにも到達するのも時間の問題だ。ヴァンはどうでもいいが、バースには迷惑をかけたくなかったキバンカは強攻策をとった。
「キバ! グラディウスは承知したぞ! 一対一の真剣勝負、請け負った! キバット! 準備するぞ!」
「お、おう!」
すまん、とキバットの心の中でだけ言って準備に回った。またグレイもそんな心中をくみ取る余裕がない。一連のやり取りを見られていたことから一気に焦りと動揺が襲ってきていた。
「質問に答えろよ! どこから見てたんだよ!」
「最初から全部だ! エロ話するところや『お前と、したい』と告白したところも全部見てたわ! 立派なイチャつき全部見させてもらってたわ!」
求めたはずの答えなのにグレイは聞きたくなかったと後悔した。
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