3-⑩ 今からせんぱいの家にお邪魔しますね!
2回ほどドアを叩く音がした。それに気が付きグレイとミリアが顔を上げたとき、ゆっくりとそこが開けられた。
何故こんなゆっくりなのか、そんな疑問をグレイは感じたが、すぐに氷解した。開けたのがキバットであったからだ。再び誰かにドアが当たるのを恐れたのだろう。
完全に開くなり勢いよくキバが飛び出してくる、顔にすごい形相を張り付かせて。
残った2人も室内に入るなり広がり始める。かつてこの部屋に来た時と同じように。
「あんた達は……」
一瞬それぞれの名前が思い浮かばず、総称しか思い出せなかった。そのためグレイは総称を呼ぶことにした。
「確か三連牙……バースの取り巻きの人達か」
「……俺の名前言えるか?」
不愉快そうな顔でキバが自らを指さす。
だが3人魔の名前の類似性もさることながら、ほとんど関わりのなかったものの名前を覚えられるほどグレイの記憶力は優秀ではなかった。
「えー……俺とミリアに絡んできてバースにのされた人……」
「覚えとけや! 名乗ったろ!」
名前を呼ばれなかったのが怒りに触れたのか、それとも元々の怒りが抑えられなかったのか、キバが吠える。そして上半身と下半身で見栄を切る。
「キバ・ワーウー!」
その格好で顔はキバットの方に向ける。キバットは一瞬困惑気味の顔になるが、やがて察した。何がしたいのかを。
それが空気を醸し出す結果を生む。『え、名乗るの?』という雰囲気の空気を。
根負けしたのか、かなり嫌そうな顔で自己紹介を始めた。
「……キバット・ソー」
「キバンカ・クイッター」
無気力さを全身で表現しながらも名乗りに付き合うのは、友情故か。いずれにしても2度目の名乗りであるにもかかわらず、キバは再び格好をつけてきた。
「全てを切り裂く武力の刃」
「思い出しました! ヴァルハラントの三馬鹿さん達ですね!」
そんな渾身の名乗りを無慈悲にミリアが遮った。
その瞬間二重の怒りにキバはとらわれた。見得を切るのを邪魔されたこと、蔑称をつけられてことについて。
だから声を荒げてミリアに抗議した。
「三連牙だ! 三馬鹿じゃねえ! 俺は権力者が何と言おうが、鹿を馬というほど腰抜けじゃねえ! 大勢には逆らうのが俺の生き方だ!」
「そういう返事がくる辺り間違って無いと思う」
グレイの突っ込みを流したキバは2人に対して指を突き付けた。
「それよりもお前ら! ここを何処と心得ていやがるんだ! ここはこの学校の生徒達が代表する、生徒のためを思い活動する、清く正しく美しい人族や魔族が出入りする場所なんだぞ!」
「知ってますよ、だからあたし達がいるんです」
「嘘だ! 今お前達はここで休日の逢瀬の予定を組み立てていた! これは明らかにいちゃいちゃしていると言わざるを得ない! もしいちゃつきたかったからどっか他所でやればいいだろ!」
カチン、と来たのかミリアの顔が険しくなる。
「あたしだってそうしたいですよ! せんぱいともっとお話ししていたい! お近づきになりたい! 触れ合っていたい! でもだったら何処ですればいいんですか!」
「そんなもん俺が知るか! 俺が言ってるのはここでやっているのは不適切だと言っているんだ!」
「だからこそでしょう! あなたがふっかけてきた議論! だったら代案まで用意していくのは当然です! それも無くして批判だけする、知りませんでした随分お偉い人なんですね神様の生まれ変わりなんですか?」
「だったら適当にその男の家で乳繰り合ってろ! そうしていれば迷惑も無いし、分を弁えているってものだ!」
「だそうです! せんぱい! 今からせんぱいの家にお邪魔しますね!」
「え、ええ……?」
降って沸いたお宅訪問の伺いにグレイは戸惑いを漏らさざるを得なかった。
「そこでせんぱいと一線を超えて、将来を誓い合う仲になったところをきちんと証拠に治めてこの人にお届けしましょう!」
「待てどうしてそうなる」
「はあ? いるかそんなもん!」
ほぼ同時に突っ込みが入るが、声量の関係からグレイの方はほぼかき消された。だからか、ミリアはキバの発言を拾った。
「あなたがそうしろと言いました! ならばあたしはそれを実行して証明する義務があります! そしてあなたはそれを確認する責任があります! もしそれが嫌ならば代案などたてずに引っ込んでいてください!」
「そんな責任があるか! 俺が言ったのはここでするなと言っただけだぞ!」
「そうですね言いました! でも言ったからには責任というものが生じるわけです! まさか口約束は約束には入らないとか言う気ですか? そういう考え自体が法律を破っているんですよ!」
男は女に口げんかで勝てない。それをまさにミリアは体現していた。反論に困ったキバは詰まるが、ミリアは無人の野を行くがごとし、平常運行を続けていく。
「あなたが法律を破って刑務所に入れられても、あたしとしては別に何の感慨を抱かせるものじゃないです! でもきっと誰か悲しみますよね? きっとそれはあなたのことを大切に思っている人ですよね? あなたはそれでいいんですか? だからあたしは証明してあなたは確認する義務があるんですよ!」
「ということはバースさんやキバット、キバンカとかが泣いちまうのか!」
「泣かない」
「同じく」
速攻で否定する2人だが、それは口げんかしている2人の耳には届かなかった様だ。だがそこで観客と同類に分類されていたグレイには届いた。少しずつキバットとキバンカに近づいてくる。
そして一番話し掛けやすいと判断したキバットに尋ねた。
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