3-⑨ 5年後って未来じゃないんですか!
「で、でもバースさん! 俺はあいつが許せません!」
「何でだよ? 嫉妬か?」
「だって考えてくださいよ! あいつは彼女がいるんですよ! あいつは出来ていることが俺には出来ない! 何でですか! 不平等じゃないですか!」
映像越しにグレイに対して指を突きつける。当然グレイが感知できるはずはないが、ちょうどミリアが一際主張してきたことに何やらたじろいでいた。
「あいつが俺より優れている人族だって言うんなら納得はしますよ、でもあいつはどうなんですか、俺より強いんですか!」
「確かにグレイは強いとはいえんな、魔力にしても肉体にしても」
「だったらなおさらだ! 何でそんな奴が好かれて俺が好かれないんだ! おかしいじゃないですか!」
ヴァンとバースを共に見ながら話しているため敬語と平語が混ざり合う不可思議なものになったが、言いたいことに齟齬ができたわけではなかった。だからバースは落ち着かせるように
「そりゃお前、俺達に分からないけど何かいいところがあるんだろ。そう腐るなよ、お前だっていずれいい相手がだな……」
「そういうのは一番嫌いです! 俺は! 今辛いんです! 未来に何があろうと知ったこっちゃないんです!」
あ、その気持ちわかる。思わずヴァンは口走っていた。最もそれを聞き取ろうとしたのは誰もいなかったが。バースは宥めるのに、キバットとキバンカはバースたちのやり取りを心配そうに見つめていたからだ。
「おいおいおい、落ち着けよキバ。毎回毎回言っているがお前は女関係のことになると熱くなり過ぎんだよ」
「熱くなって悪いですか! 怒って悪いですか! いくらバースさんの言うことでも今回は納得できません!」
「……だからってお前に何ができるってんだ。いい加減うるせえぞ」
全く説得できる未来が見えてこない状況に遂にバースはいらだち始めた。
怒りにとらわれたバースを知らないわけではない、むしろよく知っているキバとしては冷水を頭から被せられたようなものだった。
ここで引くだろう、キバットもキバンカもそう予想していた。
「バースさん俺は5年前初めてさっきのセリフを言われました。『今彼女が出来なくてもいずれできる。未来にできる』って……俺の親父からです」
だからまだ反論を展開するキバに驚きを隠せなかった。しかしキバはそんな2人には目もくれずしゃべり続けた。
「それから5年間、俺は1度だって好かれたことは無いです! 俺の想いが報われたこともないです! 未来にできるんじゃなかったんですか! 5年後って未来じゃないんですか! いったい何時になったら俺に彼女は出来るんですか!」
「……で? 俺の質問はどうした? 今お前の話を聞いてんじゃない。お前に何が出来るのか、っていうのを俺は聞いたんだ。そこの質問はどこに飛ばした?」
バースはキバの気持ちが分かっていた。満たされない、己の望みが叶わずそれを他人に話しても流される、めんどくさがられる。そんな苦しみを幾度もバースは経験してきたのだ。
それゆえに心は少なくともキバに寄り添っていた。だから以前のバースなら「気に食わないなら殴りに行けばいいだろ」とでも煽ったかもしれない
しかしバース一同は生徒会に服従の姿勢を取ると宣言したばかりなのである。形の上ではキバの暴走を止める立場にならざるを得なかった。心では幾分同情を感じながら、バースは心を鬼にすることにした。
その鬼を感じたキバだっからこそ恐怖を感じていた。だが、何か言いたそうに口を動かし、そしてうな垂れた。
「分かりました……」
「……キバよ、お前はお前のいいところがあるんだ。俺の言っていることが無責任に聞こえるかもしれないが、お前のいいところを分かってくれる人は必ず出てくる。だからそれまでは堪えて待って」
「俺の目で! 腕で見極めてきます!」
拳と拳をかち合わせる。通常なら、普通の拳ならありえない金属音がその場を支配する。その音自体に驚いたわけではない、だがバースの度肝を抜いたのは確かだった。
「……はっ?」
「あいつが彼女を作るに相応しい人族がどうか、俺の拳に聞いてきます!」
一瞬バースにはキバが何を言っているのか分からなかった。
分かりました、というのはバースの言うことが理解したのではなく、対抗策が分かりましたってことだ。
まとめるとこのようなことなのだが、その総論が中々出すことが出来ずに呆気に取られていた。また呆気に取られていたのはバースだけではない。三連牙の残りの面々も同様の反応であった。
唯一、この場で違う状態を示しているのはヴァンであろう、ヴァンだけは我が意を得たりとばかりにほくそ笑んでいた。
「じゃ、行ってきます!」
背中を見せて走り去るキバを止めることが出来たものはいなかった。最も近くにいたバースが手を伸ばすが時間切れ。届くことなく空を掴む。
「おいちょっと待てよ!」
普段なら忠誠の対象としている言葉であるが、それは現在では機能不全に陥った。寸分も止まることなくキバは部屋を飛び出していった。
「あーあー、行っちまいやがった、あの馬鹿……ほんと女関係はめんどくさいの極限世界にいやがる……」
バースは手で顔を覆った。僅かながらその一因となってしまったのを認めたくないとでも言うように。しかしそんなことで事実は消せるわけではない。
故に対抗策を打つ必要にも迫られる。
「仕方ない……止めてくるか」
「いえ、バースさん。ここは俺達が行きます」
「キバのアホを止めるくらいで出る必要はありませんよ」
そういい始めていたときにはキバット、キバンカの2人とも既に準備を始めていた。導線から手を離し、配線等を踏み越えてドアの方へ向かっていた。
「すまん、もしどうしようもないと判断したら俺も行く。あいつの完全なる暴走は止めてやってくれ」
「しかし我々がいなくなると魔力映像が映らなくなるので確認できませんが、それはいかがしましょう?」
「それならば私が何とかしよう」
それはこれまでほぼ観客に近い扱いを受けていたヴァンだった。先ほどまで三連牙が抱えていた配線を全て抱え込む。
途端に映像、音声共に復活する。それらは3人で供給していた時より鮮明で、大きく聞き取れる。
(こいつ本当は俺たちがいなくても1人で何とかなったのではないか?)
そのことについて何かキバンカは言おうとしたが、キバットに袖を引かれて諦めの道を行くことにした。大人しくキバが向かったであろう、生徒会室に向かうことにした。
「これで我が策は完成した……」
そのヴァンの呟きは近場にいるバースにすら聞き取れないほど小さいものであった。
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