3-⑧ 恋人持ちは死ぬべきだって!

 見たこともないバースの呆れた顔を前にしては、無個性的な返答をすることしか出来なかった。

「あー、お前ら、とりあえず落ち着け」

「これが落ち着いていられますかって! バースさんも思いません? 恋人持ちは死ぬべきだって!」

(それを言い出すならどうやって生物は繁栄できるというのだろうか)

 突っ込んだところで通じないのは分かっていたから、ヴァンは沈黙を継続した。しかし対称的にバースはなだめようと説得を続ける。


「気持ちは分かるけどよ、俺だってモテたことどころか、女の子に触ったことすらないんだぞ?」

「え、マジですか!」

「ああ、それどころか女の子とまともに話したこともないぞ」

 おおお! と勝手に盛り上がり始めるキバ。これには意外さを感じたのか、キバンカもキバットも、そしてヴァンすら驚きの表情をした。

「さらに言うなら女の子の名前すら覚えたこともないぞ。何故なら呼ぶ必要がなかったから、向こうから呼ばれることもなかったからな」


 おおおおおおおおお! と盛り上がりが最高潮に達する。

「バースさん! その気持ち分かります! 虐げられ、踏みつけられた気持ち! 俺も昔そうでした! 好きになった女の子から『毎日あんたを踏みつけていいなら考えてやらなくもないけど?』と言われましてね!」

「踏みつけられた覚えはないけどなぁ」

 そこまでは聞いていなかったのだろう、キバが聞いてもいない過去の暴露を始めたからだ。またそれに興味を払う輩はここにはいなかった。どちらかというとバースの話の方に引き込まれたようであった。


「今の話は本当なのか……?」

 まずバースは肩をすくめた。そして苦笑いをそこに添えた。

「さてね、だが生徒会長さんも分かるだろ? 重要なのは真実をありのままを話すことじゃない。時には人の望んだことを、真実じゃないもの提供するときだって重要だってことは」

 ということは嘘か、何故かそのことにヴァンはほっとした感情を感じていた。

「でも真実も入ってるぞ」

「先に上げたやつのどれであっても悲惨なんだが?」

 今度こそヴァンは言葉にして突っ込んだ。最もなことだと応じながらバースはそれ以上は掘り下げなかった。


「でもバースさんがモテないのに、何であいつはモテてるんですか?」

「いや、あいつもモテてはいないだろ」

「何言ってんすか!現に今こうして生徒会室でいちゃついてるじゃないですか!」

 キバの主張にチッチッチと指を振ってバースは否定した。


「そもそもの話だが、お前達はモテるってものをはき違えてんだよ。モテるってのは大多数の人間から好かれている状態を指すんだ。副会長さんは大多数から好かれているのか?」

 それにより現実を認識できたのだろう。キバの声の抑揚が落ちた。

「……いえ、大多数からは好かれていないです」

 そうだろう、バースは一つ頷きながら継いだ。

「あの人は書記係さんに好かれてはいても、大多数から好意を寄せられているわけではない。つまり彼はモテてはいないということだ」

「好かれるというものは必ずしもモテではないということですね?」と補足したのはキバット。

「そうさ、それに第一複数人から好意を寄せられてみろ。そいつらのためにいくら金かけられるってんだ。モテるってのはそんないいもんじゃないんだよ」


「ちなみにー、モテるってのは生徒会長さんみたいな人を指すんだよ、誰であろうと一目置き、多くの人が彼を好む。いやはや、羨ましいぜ~? 生徒会長さんよ?」

「……何も言わん」

 グレイならば皮肉、バースならば称賛的な内容だが、返答は同様なものを返しただろう。それくらいヴァンはむすっとした。それを男の不器用な感情表現と捉えたようだ。

「見ろよ。黙して語らずの姿勢、美しいとは思わないか? お前らも少しは見習えよ。特にキバ」

「何で俺なんですか!」

「いやお前しかありえない」

「自覚してほしいな」

 キバンカとキバットの追撃はキバの心をさらに揺さぶった。このままだと説教的なものに巻き込まれる。そう考えたキバは話題転換を行うことにした。

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