3-⑤ だが金がなきゃ何が出来る?
語り終わったグレイが離れるとミリアは顔面を真っ赤にしていた。これ以上ないくらい。グレイにしてみても付き合いは長いが、ここまでゆであがったのは見たことがない。頬どころか耳まで真っ赤なのだ
最もグレイもとんでもないこと話した、と後悔が心中全てを埋め尽くしていたため、赤面していたわけだが。
「……すまん、俺死んでくる」
「いやいやいやいや! せんぱい死んじゃ駄目ですよ!」
背中を向けて走り出そうとするグレイをミリアは必至で追いすがり止めた。しかしその心までは止めることが出来なかった。グレイはまだ退出しようと体を動かそうとしていた。
「だ、だってよ……俺……いくら何でもとんでもないことを……」
声も体も震えている。
一般的な視点から言えば全く情けない様子だが、それはミリアの心を少しも害するものではなかった。むしろ嬉しかった。ここまで狼狽したグレイを知らなかったため、新しい一面を知れたことの喜びが心に宿っていたからだ。
「とんでもないことですか! だって考えてみてくださいよ! だってそれをしなければあたし達は生きていなかった! せんぱいのお父さんお母さんがそれをしてきから故にせんぱいが産まれてここにいるわけですから! つまり! これは人族として、生きものとして当たり前なんですよ!」
「だからといって話して良かったかなぁ!?」
「あたしは良いです! 世界中の誰が何と言おうとあたしが許可します! 話された当人がこう言っているんですから問題ないですよ! そして……出来ればあたしにそれをして欲しいですけど……」
1度穴が空いた堤防は意味を成さない。これと同様に、自覚を取り戻してきたとはいえ、最早グレイの羞恥機能はかなり麻痺していた。だから今心に浮かんだものをそのまま言葉にした。
「……正直に言うぞ。俺も男だ。そういうことに興味はあるし、したいとは思う。だが……だが、俺達には早すぎると思う」
「それに対しては反論出来ます! 何故ならあたしの級ではもう済ませたって人族、魔族は少なからずいます! ということはあたし達もしたところで問題は無いと思います!」
「といってもそれは口だけかもしれないだろ? ミリアも疑いの余地のない証拠を見たわけではないんだろ? もしかしたら他のものより自分を上に見せたい見栄をはったのかもしれない」
「それは……そうかもしれません。でもその理屈を言うのなら逆にしてないことも証明出来ていません!」
「そうだ、だから誰かが言った。誰かが言われたから、誰かに言われたから動くなんてのは一番危険だ。それに踊らされちゃいけない」
もしここにヴァンがいたら呆れ果ててものも言えなかっただろう。男女関係の議論が始まったと思ったら、扇動されることへの危険性に話が飛躍したのだから。そしてミリアも程度の差こそあったが、それに気付いていた。
「せんぱい! 論点がずれてます! 今行うべきはあたし達が男女関係を行うべきかどうか、と言う点であるはずです! 人生の指標は今関係無いはずです!」
「……それもそうだ。すまん。それなら誰かがやっているのを真としよう、その上でこう言いたい、『余所は余所、うちはうち』」
「そんな! ほぼ全ての反論を潰す最強単語じゃないですか! せんぱいずるいです!」
「だがよ、これは真理でもあるぜ。それだけじゃない。ヤったであろうそいつらと俺達は立場が違う。だからできない」
「同じヴァルハラント学校の学生じゃないですか! 確かに家柄とか、家族構成とか細かい点で違うかもしれませんが、立場はおおむね同じはずです!」
お前達はさっきから何を話しているんだ? 何で先の内容でこんな色っぽくない議論に発展してるんだ?
ヴァンがここにいればこのような意味合いの突っ込みを出したに違いない。それほどまでに頓珍漢なやりとりと言わざるを得なかった。しかも本人達は真剣だけに質が悪い。
「いいや、違うと言える。そいつらがどうかは分からないが、俺が俺自身をまだ一人前と見なしていないからだ、だからその類のことが出来ないと考えている」
「何言ってるんですか! せんぱいはあたしなんぞより、ずっと上の人ですよ! そんなせんぱいが一人前でないなら誰が一人前だって言うんですか!」
恋は盲目なり。と呟く人は誰もいないが、それに類する突っ込みをグレイは覚えないでもなかった。胸にチクりとした痛みを覚えつつも、グレイは話し始めた。
「ミリア、俺の言っている一人前というのは自立した、立派な大人って言う意味だ。今の俺はどうだろうか。今学生であり、少しも稼いでいない。果たしてこれが自立した立派な大人と言えるだろうか」
「お金なんて! 金銭でその人の価値が決まりませんよ! お金が無くたって立派な人魔はたくさんいますし、金持ちでろくでもない人魔だっているはずです! せんぱいの主張は成り立ちません!」
「だが金がなきゃ何が出来る? 何も出来ないんだ。何かを買うことも、何かをすることも。愛する人との家庭を築こうとすることなんて論外だ」
ミリアはそれに対して反論しようとした。だがうまく言葉が出てこなかった。
恐らく相手がグレイでなければ、いくらでも理屈でも屁理屈でも展開していただろう。
しかし惚れた弱みか、それとも先ほどの暴露が効いているのか、それとも両方か。いずれにしてもグレイに対して明確な論理を披露できなかった。
「そういうことをするっていうのは、一つの家庭を作ろうとすること。即ち立派な大人でなければしてはいけないはずだ。だから俺は出来ない。立派な大人じゃ、一人前じゃないからだ」
だがグレイは遮られるものがないから、持論をそのまま付け加えていく。
いや、信条ともいうべきか。グレイの心の中にあり、譲れぬ思いを込めた理屈で折れぬもの。例え百万人から非難されても挫けぬもの。
それを感じられないミリアではない。
だからついにミリアは折れた。うな垂れて観念の意を表した。
「分かりました……諦めます……」
でも、とミリアは終えなかった。
「これだけは……これだけは聞かせてください!」
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