3-⑥ お前と、したい

「せんぱいの素直な気持ちを聞かせてください! 理屈じゃなくて! 信条じゃなくて! やるかどうかじゃなくて! あたしはせんぱいの心が知りたいんです! せんぱいは……せんぱいは、あたしとそういうことがしたいですか?」

「……」

 何てこと言わせようとする、とはグレイは言わなかった。それどころか、グレイはミリアを真正面から見返した。

 そしてミリアもまた真っ向からグレイを見ていた。肩が軽く震え、恐怖でかち合うとする口を無理矢理制御している状態で。

 本当のところ、グレイもミリアも逃げ出したくなっていた。話さなくてすむ、聞かなくてすむ世界への逃避を行いたくなる。そんな世界は辛さも苦しさもない、楽な世界なのだから。

 決して強制しているわけではないのだから、逃げることも自由だ。そして過去のグレイは逃げることを選択した。

 だが今ここで、それから逃げることはどうしてもできなかった。


(今度は逃げない……もし逃げたら、今度こそ俺はミリアと話せなくなる……! 都合の悪いことから逃げたって……何も開かない!)

(もしここでせんぱいからどんな言葉が来ても……あたしは逃げない! それを、受けとめる!)

 言葉にすればわずか数語ながら、まるで口を縫い込まれたようにさえ錯覚する。それほど自分の口が重く感じる。

 質量をほとんど感じないはずの空気が、鋼鉄と化したように全身を押しつぶしてくる。

 だがグレイはそれに勝った。明確な意志の元に舌を動かして、言葉という弾丸をミリアに放った。


「お前と、したい」


 その時、初めてお互いに沈黙が訪れた。

 2人がここで出会ってから久しぶりに舞い降りたそれに、嫌悪感は無かった。むしろミリアの心は言いようのない喜びにあふれていた。

 心の底から惚れた人から、したいと言われたのだ!

 これに喜ばない人などいるだろうか、いないと即反論できる。少なくともミリアはそうだった。

「それが聞けただけでも、このミリア生まれてきて良かったです……!」


 それきり2人の間に、再度の静寂が訪れる。

 それがグレイの頭に冷水を引っかけることとなった。そして時間にして僅かな遅れだが、ミリアも冷静さを取り戻したため、思考が大氾濫を起こし始めた。


(……あれ? もしかして考えてみるとこれって告白? 俺ミリアに告白したのか? 確かにそういうことがしたいってある種告白だよな? でも考えてみると最低な告白じゃないか? だってそういうものってそりゃ恋人や夫婦関係には必須的なものかもしれない。でもそれをまだそういう関係になってない人に対してするのってどうなんだ? そうだこういうときは逆に考えてみるんだ。それで自分の考えの整合性を確認するんだ。つまり俺が女性から告白される。内容は『あたしの子どもを産んでくれ!』……いやいや何もかもおかしいだろ。ああああ、思考がグチャグチャしてきた……)


(……ん? あれ? よくよく考えるとせんぱいはさっき、そういうことは家庭を作ろうとすることと同義的なことを言いましたよね? つまりあたしとしたいということは家庭を作る対象にあたしをとっているわけであって、それはつまりあたしとの家庭を作る、即ち結婚を……えええええええええええ!? いやいやいや! 落ち着け! 落ち着きなさいミリア・ヴァレスティン! こういうときこそ落ち着いて事態を見極めないと! で、でもどう解釈を変えてもそれってつまりはそういうことでありそれはあたしのことをせんぱいが求めているってことでありそれはあたしにとって……あああああああ、思考がグチャグチャしてきた!)


 両者が両者とも汗が滝のように噴き出してきた。衣服を濡らし不快指数を増していく。

 馬鹿らしくってやってられんわ。

 そんな突っ込みをしてくれるものはこの場にいない。だからお互い気まずい思いが心を侵略していく。

 この迷路に陥ったとき人はどのような選択肢を取るのか、それは

「……話が逸れまくったな! まずは近くに迫ったことを話し合わないか? そもそもそれで集まったんだし!」

 話を変える、という未来を選び取るのだ。両手を鳴らして提案してきたグレイに、ミリアは乗った。


「そ、それもそうですね! まずは休日のことを考えましょう!」

 気恥ずかしさを打ち消すように大声で言ったグレイとミリアは、2人して再び席に着く。

「とりあえずどうでしょうか、最初はせんぱいの行きたいところに行って、次にあたしの行きたいところに行く! 平等に1つずつ行きたいところに行くというのは!」

「そうだな! それで行こう! 俺としては……そうだな、この間友達が言っていたおいしい店屋が行ってみたいな!」

「何料理屋さん何ですか? あたしは食べ物に好き嫌いはありませんから何でも大歓迎なんですけど!」

「それなんだけどな……」


 恥ずかしさを打ち消すようにグレイもミリアも必要以上の声量で話していたが、それも一時的なものであった。やがて通常時に話すときと同様の感覚に戻る。

(……最初は変な方向に話が飛びまくってどうなるかと思ったけど、何とかなったわ……これもそれもヴァンがいないからだな……いたらどんなからかいが飛んできたか……)

 ここにヴァンがいないことをグレイは天に感謝した。

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