3-④ 生涯の恥

「発言者側がそうであっても受け取る側はそうとは限らねえんだよ。特に異性に関して言えばそうだ」

 このときグレイの内心にある恥は決心を上回っていた。故にぼかした表現で逃げるにとどまった。


「ん~? どういうことですか? 一体何をするんですか?」

 だからか、ミリアの納得は得られなかった。

 もし今までのグレイであったのならばそこで止まっていただろう。言葉を濁すか何なりしてその場を切り抜けただろう。

 しかし今は、先のヴァンの洗礼を受けた後のグレイでは、そこで引くのを是とはできなかった。

 もちろん内心では恥という概念が暴れ回っていた。

 手綱を引きちぎらんばかりに、上下に動き回り轡から足を外さんともがいている。

 だがグレイはその暴れ馬を遂に制した。それが正しいかどうかは今のグレイには判断しかねたが。


「……分かった、ミリア。耳貸してくれ」

「?……はい」

 意図が分からなかったが、素直にミリアはグレイに向かって体をのり出して、耳を向けてくる。

 グレイも同様、身を傾けてミリアに近付く。口元を手で覆い隠しながら、ミリアの耳に息がかかる距離まで接近して話始めた。

「全部話す。どういうことをされるのかを」


 後にミリアはこのときをこう述懐している。ちなみにものすごく長いので読み飛ばしていい。


「考えてみてください! 自分の惚れている人が耳元で甘い言葉を囁いてくれるって理想のことじゃないですか!? たぶんこれは男女、人族魔族を問わず全生物に共通するものだとあたしは思ってます! 『世界平和をしたかったらこれを実行しよう!』とあたしが政治家だったら間違いなく主張しますよ! ともあれ最初せんぱいの息が耳の中を駆け抜けていくだけでもあたしはすごく嬉しかったです! 最初は何気なく応じてしまったんですけど、よくよく考えるとあたしなんてことしたんだと恥じてますけどね! でもそのときはそんな心を感じる間もなくせんぱいの甘いあの声が直に響き始めたんですよ! もう今あたし殺されてもいいとさえ思っていました! でもでも、でも……直後に死にたくないと思いました! だってだってだって……せんぱいが、せんぱいが語った内容が……あーもうどう語ればいいんですか! 直接全てを語ればいいんですか!? でも絶対検閲がかかって発禁処分を受けますよ! せんぱいはあたしのことを1人の大人の女と見てくれたから、全部包み隠さず話してくれたんですよ! 大人の男と女がどうするのか! 恋人が行うべきこととはどういうことなのか! に、肉体関係とは、どういうことをするものなのか! せ、せ……生殖行為というものは! どのようにして行うべきか! 聞いていたときあたしの心はぐらぐらと地震が起きたかのように揺れていました! あまりの衝撃っぷりに一言一句全て今もあたしの脳内に残り続けてますし、後で紙に全て包み隠さず書いておきました! もし見たいって言うんなら見せて……あ、すいません『それは絶対他の人に見せないでくれ』ってせんぱいから言われていたのを今思い出しました。だから見せることはさすがに出来ないです。でもでも、今話せと言うんなら即話せますから聞きたかったら話しますよ? 今はいい? そうですか。ともあれあたしは今までは漠然としか知らなかったんですよ。男女のやりとりって言うものについて。詳細に関してはさっぱりです! 全く子どもでしたよね! 情けないったらありゃしないです! 肉体だけでかくなって精神は子どもだなんて! でもそんなどうしようもないあたしをせんぱいは大人の女としてみてくれたんです! 感激! 感謝! 感動! 無理矢理言葉で納めるならこんな言葉が出てくるでしょうが、どれも正しくもあり正しくないです! だってそんなもの全て超えてしまうくらいあたしの意識は天国を駆け回っていたんですから! 話が逸れましたね! とにかくせんぱいは大人の男女がすることを一部始終全ての過程を包み隠さず話してくれたんです! 最初に見つめ合うことから始まってって、おおっとこれ以上言ったらせんぱいとの約束を破ってしまいます! すいません! これ以上はご無礼を! ともあれあたしは聞いてるだけで足の震えが隠せなくなってきましたよ! 大人ってこんなことしてるのか! あたしは果たしてそれが出来るのか! 1人の人族として大丈夫なのか! それを考えているだけで不安で不安で心が押しつぶされそうになって来ましたよ! もしそれが出来なかったらせんぱいに見捨てられてしまうんじゃないか、呆れられてしまうんじゃないか! そう考えるとあたしの気分は一気に地獄に突き落とされました! もしかしたら倒れてしまうかもしれなかったです! でもあたしいつまで経っても倒れないんです! 立つことが出来たんです! 『あれ、何でだ?』と思っていたら気がついたんですよ! せんぱいが……せんぱいがいつの間にか倒れないように、そっと背中に手を回してくれて支えてくれたんです! そのせんぱいの手の温かさと来たら! 努力してきたことがはっきり分かる指のごつさと来たら! 逃げようと思えば逃げられるくらいの絶妙な力加減ときたら! ……あーもう! 何でこの瞬間に紳士さを発揮しちゃうんですか! 惚れちゃいますよ! 元々惚れてた? よく分かってるじゃないですか! その通りですよ! 分かりました訂正しましょう! 惚れ直した! 超絶惚れ直した! と言い直しておきます! 閑話休題、せんぱいが一通り話してくれた後、あたしはこの瞬間今まで自殺せず生きてきたことを全ての神に感謝しました! そしてあたしは分かったんです! 人族は何故生きるのか! それは不幸や苦難や苦しみを味わいながらもいつかたどり着くであろう幸福に出会うために生きていくんだって! どんなに苦しくてもそれを耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐え抜いた先に、全てを帳消しどころか上乗せするくらいの幸福が待っている! 全ての人族、魔族がそれを否定しようともこのあたしはそれを言い続けていきます! 例え世界中の人魔全てがあたしを否定したとしても、あたしのこの信念をかき消すことは出来ない! せんぱいはいつだってあたしを1人の人族として見てくれて扱ってくれました! そして今あたしの人生の信念とも言うべき、誰から非難されても全く揺らぐことない、ミリア・ヴァレスティンをミリア・ヴァレスティン足らしめるものをせんぱいはあたしに吹き込んでくれたんです! つまり何が言いたいかっていうとせんぱいは最高なので結婚して働きつつ子ども産んで天国に行っても一緒にいたいということをここにはっきり希望しておくことを発表する次第であるということです!!」


 長々と語ったが、要するに『グレイがエロ話語ってくれたのが凄く嬉しかった』と言いたいのである。

 なおグレイはこのときのことを、『生涯の恥』と振り返っていたことは彼の名誉のために記す。

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