3-② お前の顔が見られる今の席が一番好き
生徒会室に入るなりグレイは荷物を自分の机に置いた。その後ミリアのすぐ近くまで行った。驚きの表情をともとして。
「もしかしてこの書類……全部分類とかやってくれたのか?」
手に数枚の紙を取りながら確認する。そして自分の考えが間違えてないことをグレイは自覚した。
当初、打ち合わせをする前に2人で生徒会関係の書類を分類、整理、処分しておこう、という話をしていた。前年度から引き継いできているためかなりの量であるから、2人がかりで素早く終わらせられるはずだ、という流れだったのだ。
それが全て片付いている。細かく分類され、全て紐で纏められている。後は捨てるだけというところだ。
「この程度、せんぱいの手を煩わせるまでも無いことでしたよ! 量も少なかったですしね!」
そうミリアは主張していたが、嘘を言っていることをグレイは確信していた。
去年から処分を免れた書類はかなり多く、中には一昨年や一昨々年の書類なども確認していた。しかもかなり乱雑に積まれていたため、分類するだけでも一苦労はあっただろう。
しかしそれをおくびにも出さない。ミリアの気遣いをグレイは感じ取った。
「ミリア」
それに対して口出しするのは野暮であり、好意を損なうものである。
「何ですか?」
だが何も言わないのはもっとそれを裏切るものであるとグレイは考えた。だからグレイは
「ありがとうな」
どこにでもあるお礼の言葉を言うのに止めた。
真正面から、意図せずして告げられる感謝の言葉。それが想い人ならばどうなるか、破壊力が抜群になるということだ。心を金づちで叩かれたように揺さぶられる。
これは男女どちらにも共通するものである。それがミリアの様な純情な人族であるなら尚更だ。頬がみるみる紅潮していくのが、今いる生徒会室の住人全てが認められるところとなった。
「そ、そんなお礼を言われるほど大したことはしてませんよ? そ、それよりもせんぱい! やりましょう! 話し合いましょう! 今週の休日の予定! いつ集まるかどこに行くか何するかいくら使うか何食べに行くか! あとあまり話したくないんですけどどこで解散するとかも……ともあれ! さっそくやりましょう!」
ミリアは自分が座っている席のすぐ隣をバンバンと何度も叩く。ここに座ってください、ということを言行動で示しているのだ。
ともあれグレイはそれにならい隣に座った。同時、ミリアが感極まったように上を向く。
「相合い傘ならぬ相合い椅子……このミリア・ヴァレスティン、生きていることを感謝します!」
「ただ隣に座っただけだってのに……そんな感動するようなもんでもねえだろ」
そもそも相合い傘とは1つの傘に2人が入る行為であり、今2つの椅子に2人が座るのは相合椅子とは言わないのではないか、という突っ込みは心の中だけでしといた。当然ミリアは聞こえない。
「感動しますよ! 考えてもみてください! 生徒会室での席順、あたしとせんぱいは向き合う様に座っています! つまりいつもあたし達は隣り合っていないんですよ! そして日常生活でもそれは叶ってないんです! だから! 今! この瞬間は! 有り触れているようで全く存在し得なかった瞬間なんです! 滅多に無いことを体験することで感動する、これが人ってもんですよ!」
「俺としてはお前の顔が見られる今の席が一番好きだぞ」
などと気障な人間なら言えたのだろうが、さすがにグレイは躊躇した。最もそれがのど元まで出かかった辺り進歩していると言えなくもない。
だがまだ恥が勝っていた。だからグレイは黙っていたのだが、端から見ると何か思うところでもあったようにしか見えない。
ミリアにとって訝しさを刺激するに十分なものであった。
「せんぱい? どうかしましたか?」
「あ、いや……ひとまずその話は置いておいて休日の話をしようぜ。例えば……そう、まずは待ち合わせの時刻と場所とか、そういうのを話し合おうってのはどうだろう?」
かなりぎこちない返しだったが、それは不審さを一応は薄めることが出来たようだ。ミリアも1度頷いて提案してきた。
「待ち合わせ場所としてはせんぱいが一番来やすい場所で、時間もそれでどうでしょうか? お忙しいせんぱいに来てもらうんですから、あたしが全てせんぱいの都合に合わせますよ!」
「おいおいおい、お前にも都合ってものがあるだろ。それを全く無視するってのはどうなんだ? あと特別忙しくねえぞ」
完全なる嘘であるのだが、それはバレなかったらしい。ミリアは『自分の都合』の部分を拾い、掘り下げ始めた。
「あたしの都合なんてどうでもいいです! どうとでも都合付けときますから! それにあたしは絶対遅れないから大丈夫ですよ!」
「どうしてそんなこと言えるんだ。俺がとんでもないところ指定したらどうなるか分からないだろ」
「大丈夫ですよ! 前日からずっと待ち合わせ場所で待機してますから! それなら遅れることは万一にもあり得ませんよ!」
色々と突っ込みたい気持ちに駆られたが、その中で最も言った方がいい選択肢をグレイは選択した。
「……徹夜すると体に良くねえぞ」
一瞬鳩が豆鉄砲を喰らったように、ミリアは意外そうな顔をした。そして腕を組んで思案顔になる。
「……それは思いませんでした。じゃあどうすればいいでしょうか? 事前に寝袋持ってきてそこで寝て待つべきでしょうか?」
「どうしてきちんと部屋で寝て待ち合わせ場所に向かうという発想が出てこないのか」
「万が一にも遅れたら嫌じゃないですか! せっかく明後日せんぱいとの逢い引きなんですよ! 一分一秒に至るまで私は楽しみたいです!」
ははは、苦笑いが自然とグレイの口から出ていた。
「気持ちは嬉しいんだが、俺としては風邪なんかひかれたりする方が嫌だ。徹夜して欲しくねえかな」
「でも!」
今のグレイの説明だけでは満足を得られなかったのだろう、ミリアは不満顔で否定しようとしてくる。
それがグレイの背を押した気がした。恥という概念に押し込められているグレイの背中を。
「遅れたって構わねえよ、待つ楽しみってのもあるさ。もしミリアが遅れてきたとしても……俺は楽しみにしているぞ」
射すくめられた様にミリアの動きが一瞬止まる。予想外の言葉に全身で反応したのだ。
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