2-㉑ 俺が俺であるのは……!
「……!」
バースの足が止まった。ヴァンの行為に気がついたからだ。
右手で左腕に何か書き始めている。ヴァンの手に何も道具が無いから通常なら何も痕跡を残さない。しかし事実はそれに反している。
左腕に灰色の文字が書かれ、独特の輝きを放ち始めた。そのときその場にいた多くのものがある答えを得た。それはグレイもそうだった。
(上級魔法……!)
魔力を込めて左手で何かしようとしている。
書いてある内容が解読できないため何をするのか、バースには読み切れない。
推理するしかない。
とは言ってもその推理が向かう先は、大多数の人間が一致するものであった。
ヴァンが使う上級魔法、とくれば誰しもが頭をかすめるのは先日使われたガルフォードを思い出すからだ。
(この間のあれを使う気か?)
チラとバースは目線だけ学校の屋上に向ける。
やがて世界遺産に認定されるだろうという学校側の見解から、ガルフォードは一切手を触れられていない。そして乱用を避けるべきだろうとのことから、操作方法も聞いてもいない。
現状、ヴァンだけがあれの使い方を知っている。
(あれを使って何が考えられる? 俺を狙撃する……避けることを計算に入れて爆風による巻き込み……もしくは陽動……)
いや、と自分の思考を振り払う。
考えてみたら上級魔法を使うことは分かっても、それが必ずしもガルフォードを使うことに直結するわけではない。
釣り、ということも考えられる。
(はっ、らしくねえな)
自分が思考して戦う柄か、と振り返る。
これまで自分がしてきたことをバースは思い出した。
強敵に挑んでは倒され、その度に立ち上がり殴りけり続けてきた。意識すらはっきりしなくなったときに気がついたら相手が倒れていたなんてしょっちゅうだった。
(その俺が考える?似合わない。性に合わない。俺の性に合うのは……俺が俺であるのは……!)
「それがあんたの攻撃か! いいぜ来いよ、受けとめてやらぁ! その上で俺の攻撃をたたき込んでやる! そして俺が勝つ!」
真正面から迎える。それを受けきって、何倍にしても返す。それがバースの戦い方。そしてそれ以外無いのがバース・セイクリッド。それが多くの男たちを魅了してきた戦いの形態。
「さあ、来い!」
「……」
しかしヴァンは沈黙しかなかった。書き続けている腕は止まらないが、行動はそれだけで後は諦観とさえ言っていい。
「どうした? こねえのか? なら俺から行くぜ!」
足を細かに再び動かし、今度こそバースは飛び込んだ。
それより遅れるがかなりの速さで、ヴァンは後方へ飛んだ。
「逃がすかよ!」
「皆! 悪いがどいてくれ!」
後退をし続けながらヴァンは叫んだ。相手は群衆。
誰に呼びかけたのか分からなったため反応こそ遅れたが、近づいてくるヴァンとバースに気おされ少しづつ間が空いていく。
視力検査の文字盤のように一角のみが空いて、そこからヴァンとバースが飛び出していく。
観客も黙っていない。二人を半包囲するような状態を維持しつつ、行く末を見届けようと少しずつ移動していく。弁当やら何やらを持ち運んでいるため速さこそ遅いが。
遂にバースはヴァンを捉えた。書きながら、全力で腕を振れなかったヴァンにバースの全速力が勝った。
しかも場所は地上。先程の空中からの襲撃ではないため、攻撃の種類は多彩さに富む。
「そらっ!」
左腕が伸びる。ヴァンの顔面。
書く手を止めて顔の防御に回すヴァン。
それがバースの狙いだった。
腕が止まる。
(引っかけ!)
思った時とほぼ同時、脇腹に痛みが走る。右足の蹴りが筋肉を通過して内臓に衝撃を与える。
「ぐっ!」
そして今度は止めない右腕の一撃がヴァンの横っ面を叩く。顔面が歪み、口内で再び出血が増す。
「さっさと出さねえと……このまま負けちまうぞ!」
戻した左腕が再び飛びだす。今度も止めない、素早い一撃はヴァンの鳩尾に入る。
呼吸を阻害され、一瞬で集中力と体力を奪われる。
(負け……ない!)
闘志はあった。だがそれは防御壁にはならない。
再び攻撃が顔に直撃する。先の腕とは比べ物にならなく、強い一撃。
右足による上段回し蹴りであると気付いたのは観衆だけで、ヴァンには一瞬何が何だか分からなかった。
だがヴァンはその威力を利用して転がりを開始、さらなる移動を開始する。
「みっともないとは……」
地面を踏みしめ、そして飛び出すバース。目指すはヴァンへの追撃。
「言わねえぜ!」
転がるヴァンの頭目掛け右腕を降り下ろす。
それを辛くも避けるヴァン。
だが真実を言えば、バースには拳をぶつけることは可能だった。もう少し先読みすれば少なくとも数回は当てられた。だがしなかった。
(来いよ! 生徒会長の本気! 来てくれよ! 起死回生の一撃! 受け止めきってくれよ! 俺の体! それを耐えきって俺は…勝つ!)
これまで久しく無かった高揚感、脳内物質が止めどなく溢れている現在、意識をただ一色が支配している。
バースは興奮していた。しきっていた。
だがヴァンは対称的に冷静に事態を分析していた。あと少し、あと少しで届く。
目的のある場所に。学校のほぼ端に。学校の屋上から各地に送る配水管がある場所に。
だからそれが叶った時
「!」
ヴァンは練り上げていた簡易魔法を解き放った。
風の魔法、短時間的だが竜巻をヴァンの周囲に発生。最もバースは奇襲に近かったそれすらもあっさり回避したが。
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