2-㉒ 折れてしまっては困る!

 だがヴァンに失望は無い。

 たどり着いた。目的地である屋上から配管が伸びている場所。策が実をなす場所。

(これを待っていた……すべての準備は完了した……後は……!)

「鬼ごっこは終わりでいいのかい?」


 ゆっくりヴァンが立ち上がるのをバースは待っているのだろう。足をせわしなく動かしながらもこっちに向かってはこなかった。

「ああ、もう終わりだ。そしてこの勝負も終わりにしよう」

「そうだな、俺の勝ちで終わりにしよう。全力を受けきった上で叩き潰す。それをこなしてな!」

「そういう訳にはいかん。勝つのは私だ。私は負けるためにここにいるのではない。お前に勝つためにここにいるのだから」


 無個性的なヴァンのセリフ、戦う男なら一度は吐いたことのある言葉の羅列。その場にいた誰しもが特別な感慨を引き起こされたわけではない。だがバースは、バースだけは別だった。

 一際目を輝かせて、哄笑した。

「……いいねえ! その目! その言葉! 俺にぼこぼこにされながらも全く俺に負けるなんて考えてねえ! 俺はそんな目をしたやつが見たかった! 欲しかった! ありがとうよ生徒会長さん! あんた最高だぜ!」


 三度突撃をかますバース。自慢の脚力は一切衰えること無く、2人の距離を一瞬で喪失させる。

(まだ……)

 肩から突っ込んできたのをヴァンはかわさずそのまま受け止めた。

 多少吹き飛ばされ、そして配水管とバースに挟まれるヴァン。バースとの距離はゼロ距離。

 だからこそバースは接近戦でこそ活きる技、はるか離れた国で使われていると聞く、寸勁を放ってくる。まるで金属で叩かれたのではないか、そう錯覚するくらいヴァンの内臓が悲鳴を上げた。


(こんなものまで知っているのかこいつは!)

 内心舌を巻くが、防ぐことなくそれをヴァンは受ける。当然臓器への負担が急激に増したため、吐き気を覚える。

「……?」

 疑問を感じながらも好機を逃すことが出来なかったのは戦闘本能故か、バースは格闘を続けた。


(だがまだ……!)

 正拳突き、肘打ち、裏拳、手刀、腕による連撃を全て受ける。皮膚、内臓、筋肉全てに傷が刻まれていく。

「いきなり案山子希望かよ! ここにきて失望させんなや!」

(まだ……!まだ……!)

 上段蹴り、中段蹴り、下段蹴り。先の腕から放たれるものをはるかに超える攻撃が次々と繰り出されていく。

 出血が増加していく。

「これで……」

 一度腰を深くひねる。先に受けてきたからわかる。

 後ろ回し蹴りの構え。

 大技、故の一瞬の隙。


(今だ!)

 回転を終えて攻撃として向かい合った時、バースの目からヴァンが消えていた。

「何!?」

 動揺、最もこれはバースの心中のみに存在していたものだっただろう。観客にしてみると思うことは無い。

 ヴァンは足の力をぬいてしゃがみ込んだだけなのだから。


「っ!」

 そしてバースは急には止まれない。慣性の法則にしたがい、そのまま旋回を継続。

 回し蹴りがヴァンの背後にあった、配水管に直撃する。

「こんなんで俺の足が折れるか!」

「その通り!折れてしまっては困る!」


 言行一致、バースの足は折れない。それどころか配水管を蹴りは通過した。

 配水管の一部をを蹴り砕いたのだ。

「破裂させてもらわねばな!」

 その破壊された配水管は現役で使われている。即ち水が噴出する。

 至近距離にいたバースもヴァンも水で全身が濡れる。

(これを待っていた!)


 破壊によって開いた穴に両腕を叩き込むヴァン。そして解き放つ。

「雷よ!」

 ヴァンの右腕から解放された魔法が電気となって水に伝わる。

 不純物を通じて電子が超高速で移動、瞬く間もなく水に打たれているバースとヴァンの体内を駆け抜けていく。

 無数すぎる高速の電子が体を走り抜け、叩きつけ、痛みを拡散していく。


「があああああああああああああああああああ!!」

「ああああああああああああああああああああ!!」

 体中の神経が痙攣する。自分の意志を無視して四肢があらぬ方向へ動こうとする。

 脳髄を蕩けさせ、意識を吹き飛ばそうとする。眼球が裏返り気を飛ばす。

「!!」

 歯を食いしばったのはどちらが先だったか、あるいは同時だったか。

 負けたくないと願った大きさはどちらが上だったか、あるいは同位か。

 いずれにしてもどちらも戦闘不能にはならなかった。どちらも生気を宿した目を向け合っている。


 やがて練り上げた魔力が尽き、徐々に電撃も強さを弱めていく。

 思いのほか損耗が大きかったバースだが、まだ余裕はあった。笑みすら浮かべるくらい。

「惜しかったな……!」

「いやこれでいい……!」

 水道管から手を抜いたヴァンはその手でバースの胸を叩いた。

 威力、場所。どれを取っても大したことはない。だが一点がバースの目を釘付けた。


 左腕が光った。


 すなわち上級魔法の起動の証。

 左腕の、電極から生身への回帰。

「なにっ!?」

「これで……!」

 水を分解して得られた酸素と水素を腕から解放した。無色無臭の気体がバースの胸部を中心として拡散し始める。

「決まれえぇ――――――――!!」

 同時、右腕から再度電撃が奔る。

 それによって2つの物質に外的刺激を受諾、抜きかけたヴァンの左腕だけでなくバースの全身を巻き込むほどの大爆発を起こさせた。

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