2-⑲ だって私たちは青春ですよ!

 ヴァン・グランハウンドがバース・セイクリッドに勝負を挑む。

 このことは誰にも告知していない。つい先ほどヴァンとバースの間で取り交わされた口約束であるため、物証すらない。


 だが今をときめく人であるヴァンの動向であるからか、それともバースとの戦いという大規模な興行にも等しいものであるからか、バースとヴァンを囲うような円状に広がるようにして多くの人が校庭に集結していた。

 それどころか様々な場所から弁当やお菓子を買う声が響いてくる。甘い香りやサクサクという食欲を刺激して止まないもので充満していた。

 教員の中には酒を持ち込んでいるものもいるようだ。独特の学生にはなじみ深くない臭いも漂っている。


「いいんかこれ……教育委員会とかにしれたら絶対問題事項になるんじゃないか……?」

「大丈夫ですよ!」

 本来誰もが思うであろう疑問をミリアは一蹴した。しかし理由が一言も添えられていないためグレイの内心の解決には至らない。


「何が大丈夫なんだよ?」

「だって私たちは青春ですよ! 青春は激突あってこそ! つまり、会長もバースさんも青春してるだけだから誰も責められません!」

「すごい何の説得力も解決にもなってない」

 自らの突っ込みの無慈悲さを感じながらもそう突っ込まざるを得なかった。最も突っ込まれたミリアにしてからが全く気にしていなかったが。


 一方、ヴァンとバースはある程度の距離を取って向かい合っていた。

「すげえことになっちまったなぁ。生徒会長さんよ」

 手足を動かし、背をのけぞらせ解しているバース。準備体操を行って、いつでも戦えるよう準備を整えている。

「告知してもいない上に唐突に始まった。それなのにここまで集まるとは、私としても予想外だ。もう少し小規模になるかと思っていたが」

「そいつは読み違えているぜ。あんたはあんたが思う以上に有名なんだよ、何つったって世界を救った生徒会長さんだ。注目しない奴なんざいないって話だよ」


 とヴァンの顔から笑みが消える。バースはそれをめざとく見逃さなかった。

「ん? どうかしたのか?」

「……先ほどから気になっていたが、それが本当のお前なのか?どうにも口調が屋上で最初に会った時と違っていることが気になってな」


 本当は違った。ヴァンの心にあるのは疑問ではなく怒りだった。

 本当は全くそうしたくなかったのだが、世界を救ってしまった。それがため不本意な現在を受け入れていることを再認識させられた。ヴァンにしてみると逆鱗を触られた様なものだ。だがここで怒りを発揮する訳にもいかないので、適当な質問をしたのだ。


 しかしバースはそれに気付かず、ああ、と苦笑い混じりに頷いた。

「確かに屋上で会ったときの俺とは別もんに見えるかもな。何て言っても俺はついさっきまで腐ってたからな」

「腐ってた?」

 そうさ、と短く呟いてからバースは続ける。


「生徒会長さんよ、俺は確かにヴァルハラント学校の不良どもの頂点にいる。そこにたどり着くまでに俺が何をしたか分かるかい? 色々あった。ありすぎた。一言じゃ語り尽くせないくらいだ。そしてその果てに掴んだものが何か、分かるかい?」

 ヴァンは首を横に振った。そしてそれを予期していたからか、バースは苦笑した。


「誰も俺と戦わなくなったのさ」


「どいつもこいつも俺の名前や顔を見たり聞いたりするだけでどっか行っちまう。誰も俺に挑戦しない、誰も俺を殴りに来ない、誰も俺に奇襲してこない。俺はね……寂しかったんだよ」

 寂しそうな顔で述懐するバース、しかしそれは変貌を遂げる。意気と歓喜に満ちあふれた狂喜の笑顔に。


「だがそれがどうだい? 生徒会長さんっていう挑戦者が突然現れた! 俺にしてみるとまるで宝くじが当たったようなもんだった! また俺は戦える! それだけで俺は全身の肌が粟立つのを抑えられなかったぜ!」

「……恩義を感じてくれてるのか?」

「ああ、俺を俺にしてくれたんだ! 俺を俺に戻してくれたんだ! そいつを感謝しない奴はいないだろうよ」


「ならばこの勝負私に勝ちを譲って頂きたいものだな」

「そいつは出来んな、何より俺自身があんたに勝ちたいんだ、他の色んなことはきけるだろうが、これだけは出来ないな」

(……ふう)


 ヴァンは内心でのみ安堵のため息を漏らした。

 ここまで超運が発動することは無かった。一瞬何を話し始めるのか、と焦ったが過去を話しただけだ。これなら何も計画に介入することではない。これだけでは計画を覆す因子にはならない。

 完全に、完璧に、非の打ち所無く計画通り。そしてこの後戦闘が始まる。

(そこで俺が勝ち、こいつよりも力を持つことを証明する。そしてそれが俺の魔王への第一歩となるのだ……!)


 群衆の中から一つの影が近づいてきた。当初は2人とも気にとめなかったかなりの近距離になったとき、そこで初めて気がついた。

 キバットが制服をきちんと着て仁王立ちしていた。また腕は背中に回して背筋を伸ばしている。


「今回の模擬戦闘の審判を務めさせてもらいます、キバット・ソーです、改めてよろしくお願いします」

「キバット、身内だからって甘い判定するなよ。正々堂々、しっかり見ろよ、出なきゃ俺がぶっ飛ばす!」

「はいっ!」


「戦いの規則を確認します。あくまで今回は模擬戦闘ですので、どちらかが負けを認めた段階、もしくは私が戦闘不能と見なしたら戦いを終わらせます。お互いそれでよろしいですね?」

 この質問に2人は大きく頷いて返した。

 それに負けないくらいキバットも首を縦に振った。

「攻撃方法は基本肉体か魔法に限定されます、魔法は簡易、上級種類は問いません、好きに出してください。俺達や教師一同が総出で観客に防御魔法を貼っておきますので、被害が出ることは考えなくて大丈夫です」

「だそうだ、いくらでも出してくれていいぜ? 俺は魔法不得意なんだがあんたは得意そうだしな」

「……手の内をさらけ出したくないので黙る無礼を許して欲しいな」

 ヴァンの言葉にバースは唇を限界まで持ち上げた形で答えた。望むところである、という趣旨の物であるのはヴァンにもキバットにも理解出来た。


 少しだけ時間が流れた。キバットが何か話し忘れたことがないか、振り返っていた。その間もヴァンとバースの視線は絡み合って離れることはない。

 全て確認し終えたのか、キバットがゆっくりと手を振り上げる。そしてヴァン、バースお互いを確認する。

「それでは……勝負開始をしてもよろしいでしょうか?」

「おう!」

「私も構わん」

最終確認が取れた。だからキバットは


「試合開始!」

手を振り下ろすと同時に跳び下がった。

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