2-⑱ 今俺は生徒会長さんが欲しいんだ

 バースは困ったような嬉しいような笑顔を顔に装着させて、そこにいた。それに加えてバースの近くに、こてんぱんにのされたキバが転がっていた。

「バースさん、なんで……」

「何でここにいるのか、だって? そりゃこっちのセリフだ。お前ら1人ずついなくなったと思ったら帰ってこない。まさかと思い生徒会室に来てみれば、ってことよ。あとキバは関係ない人を殴ろうとしてたからのしておいた」


 呆気にとられているキヴァンとキバットの肩にそれぞれの腕をかけて、巻き込む。

 いわゆる肩を抱く姿勢を取ってくる。そして先ほどまでとは全く違う低い声を出してくる。

「お前らよ、何してくれちゃってるんだ?」

 それは2人にとって十分効果的だったようだ。一瞬で2人の魔族を人形と同化させた。全く動かず、音すら発しなくなる。

 正確に言えば汗腺は開いたようで、汗の珠が浮かんできている。


「俺との喧嘩に下りろって……ありゃ何だ? 俺が喧嘩したいのはお前たちも分かってたよな? それを台無しにしようとした訳だよな?」

『…………』

 目が泳ぎ出した。しかし体はその万分の一ほども動かない。端から見ているヴァンにしてみるとこの対比が面白くて仕方ないが、表情の上では忍ぶことにした。


「ま、気持ちは分かるぜ。昔の俺を知っているお前らにしてみると、俺が暴走するんじゃないかってことを恐れたんだろ?」

 巻き付く腕が強さを増したのはヴァンの目から確認できた。一際腕の筋肉が膨張してきたからだ。絞められている首もより絞まるから、息苦しさは増す。


「でも俺がやりたかったことを勝手に無かったことにしようとしていたんだよな? 俺そういうのは嫌いって言わなかったっけかな……」

「言ってなかったです……」

 絞り出すようにキバンカが言ったことを一瞬聞き逃したようだが、再び繰り返し言ったために聞き取れたようだ。考えるような仕草を取り

「そうだったか……言ってなかったか。じゃあ俺が悪いか」

 苦し紛れの嘘を信じたのか、それとも本当にそうだったのか、それは分からなかったがバースの心に平穏を取り戻したらしく、拘束が緩む。


「それじゃよく覚えとけ。俺の喧嘩を邪魔すんじゃあないぞ。次は本気でぶち切れちまうからな」

 それきりバースは完全に2人から離れた。それがまるで支えていた糸が切れた操り人形のように2人はその場にへたり込んだ。


 2人の首から拘束を解いたバースはヴァンに向き直る。爛々と輝く瞳を向けながら。

「生徒会長さん、悪いんだけど喧嘩する件、やっぱ今日にしてくれないか」

 その目にヴァンは思い当たるものがあった。

 ヴァンが宣戦布告を告げたときと全く同じ目をしていた。待ち望んだ物が全く突然現れた、驚きと嬉しさを混合させたあの目。何を言っても止まらない目。


「あの後、色々作戦を考えるだとか、相手の手を調査するとか、理屈でやらなければならないことは思い浮かぶんだ。だけど、俺自身が抑えられそうにない。今俺の前に金塊や地位を差し出されても、今の俺はあんたを選んじまう。それくらい今俺は生徒会長さんが欲しいんだ」

「……本来なら喜ぶべきなのだろうが、それを同性に言われても嬉しくないな。言われるなら絶世の美女にお願いしたいものだ」


 三連牙と接したときと同じように、冷淡な対応を続けるヴァンだが、バースには全く効果がない。昂揚しきった頭に冷水をかけるつもりだが、それが一瞬で蒸発するくらい熱かったのである。

「そいつはすまんな、俺が美少女じゃなくて。このお詫びは……」

 ヴァンの顔に向かって拳を放つ。当たる寸前で止まることをヴァンは見抜いていたのか、身じろぎ一つすらしなかった。


「俺の拳で払う。あんたの挑戦全力で応えるからよ。それか俺を殺して転生して美少女に生まれ変わるように祈っておいてくれ」

「そんなものを代価としてくれるとは、感動で私の涙腺が切れるくらい泣きたくなったぞ」

「それじゃ遠慮無く切れてくれ。ついでに頭がぷっつんしてくれて全力出してくれるとより嬉しい」

 ああ言えばこう言う。全く意気をくじかれることは無い。

 舌戦では効果は上がらない、そしてバースの意志は最早理屈でどうこうできるものを超えている。つまりもう止めることが出来ない、狂戦士にも近き状態だ。


(これを待っていた……)

「ふむ……本来なら私の考えを変えるのは不本意であるが……仕方あるまい。先の約束を果たすとしよう」

 バースの顔に期待があふれ出す。

 表情にこそ現れていないがヴァンも内心では小躍りをしたい程喜んでいるが。


 これほどまでに計画がうまくいくとは思わなかったから。

 バースが挑戦に乗ってくれたことも。

 取り巻きが生徒会室に来ることも。

 そしてバースが挑戦を繰り上げてくれと頼みに来ることも。


 そしてその先にある結末も、恐らく変わらない。

(我が策はなれり)

「グレイ、ミリア! 校庭の使用許可を取ってきてくれ! 使用目的は……生徒会活動! 詳しい内容は模擬格闘とでも伝えておけ!」

「そんなんで許可が下りるか!」

 その五分後、「うんいいよ」という教師の二つ返事が出てグレイを失望させたのは言うまでもない。

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