2ー⑩ 本当に欲しいのはそれですか?

 その言葉が終わるのとほぼ同時、バースが踏み込んだ。

 誰もが意識していなかったため瞬間移動したようにさえ錯覚した。相手であるヴァンでさえそれなのだから、不良2人は推して知るべしだ。

「今すぐここでな」

 足によって固定された下半身。

 旋回する上半身。

 遠心力によって打ち出される拳の弾丸。

 ヴァンが受けてきたどれよりも、速い。

「……っ!」

 かろうじて防御が間に合った。顔面へ向かう拳骨に、掌を緩衝材として挟むことに成功した。

 途端、骨に直で攻撃されたような衝撃を感じる。皮、肉といった防御層があるはずのなのに、それを貫通されたような感覚すらある。


「あわてるな、今ここでやってどうする?」

「俺はここでおっぱじめても一向に構わないぜ?」

 押さえられた拳に力がこもり前進を止められない。ヴァンの肘が少しずつ屈し始めてくる。力負けしている。

(速さだけでなく力もある……)

「そして私たちは格闘の末、屋上から落下して死ぬ、と……無益なこととは思わないか?」


 内心の焦りを決して表情には現さなかったが、背中に汗をヴァンは感じていた。このまま押し合いが続くかと思われたとき、ハリネズミ型の人が前に出て来た。

「……バースさん、俺もそう思います。」

 そこで存在を思い出したようにバースは目線だけを動かした。ハリネズミ型の獣人がさらに近づいてきた。

「キバンカ、俺はお前の賛同を求めてはいないぞ」


「考えてください、バースさん。ここで戦うことは簡単です、バースさんの望みは叶います。でもバースさんが本当に欲しいのはそれですか?」


 言葉こそ返さなかったが、心中に楔となって打ち込まれたようだ、ヴァンの手を押す力が多少なりとも弱まる。


「バースさん、もう一度聞きます。本当に欲しいのはそれですか?それなら俺は止めません。ですが、本当にそうなんですか?」


 この状態からどれくらい続いていただろうか、時間にして10秒にも1時間に感じる。

 しかし観念したのか、諦めたのか、かなり不満そうに拳を離した。そしてヴァンに対して背中を向けてしまう。目を見ていると戦闘意欲が抑えられないからであろう。

「……話が通じる奴がいてくれて助かるな」


 心の中でだけ安堵のため息を漏らした。指先がしびれてくる。よほど力が籠められてもいない限りにはこんな現象は起こりえない。

 しかしそれが現実に起きている。力を読み違えたか──

 そんな考えをしているヴァンに、キバンカと呼ばれた男が訪ねてきた。

「それで、いつ戦うんだ?」

「今から3日後、放課後の校庭で戦おう。あそこでなら思いっきり戦うこともできるだろう」

「3日後な!」


 背中だけ向けながら唐突に叫んだため、ヴァンも残り二人もバースの方を思わず向いた。

「それ以上は1分も待たない。絶対そこでやる。今更なかったことには絶対しないからな!」

「……心得た」

 それきりヴァンはマントを翻して帰っていった。いうべきことは言った、最早用は無し、と言わんばかりである。

 反対にそこにいる3人は、全く動くことも喋ることもできず無の状態がずっと続いていた。

 2人はつい先ほど、10分ほど前にはいつもと変わらぬ日常があるはずだったのに、それが一変してしまったことについていけてないから。

 そしてもう1人は湧き上がる情動を沈めるために全神経を集中させていたからだ。

誰もが自分の心中と折り合いをつけるために時間を浪費していた。それもすぐには終わらず延々と。それが破られたのは3分ほどの時間が必要となった。

 ヴァンが帰ってきて、尻を押さえて蹲っていたグレイを回収していったからだ。

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