1ー⑭ 兆里眼とさえ言っていいですよ!

 音が絶滅していた。


 隕石破壊の爆風の余波が、ヴァンやグレイといった全ての人々を襲った後から、何の音もしていなかった。誰も動かず、喋ろうとさえしない。ガルフォードを作り計画を立てたヴァンですら、先ほどから宙を眺めたまま固まっている。

(こいつは……凄すぎる)

 長年ヴァンの側で多くの悪行が善行として覆っていったのを、グレイは見てきた。しかしここまでの規模の事態になったのは初めてであった。

 本人の意図していなかったとは言え、この学校だけでなく、世界を救ってしまったのだ。


「す……凄すぎます! 凄すぎますよ会長!」

 これまでが溜めであったのか、と疑ってしまうほどの声量でミリアは叫んだ。

「予想できませんでした! まさか隕石が降ってくることを見越していて、こんな砲台を作っていたなんて! まさに千里眼! いや、兆里眼とさえ言っていいですよ! この会長の先見の明は!」


 そうなのか!?


 言葉にはしていないが、ミリアを見る群衆の目はそのように物語っていた。その空気の流れを即座にヴァンは察したのだろう、身を乗り出して訴える。

「ば、馬鹿なことを言うな! 俺はそんな予想をしていない! してはいないぞ!」

「なーに言っちゃてるんですか! 隕石が降ってきたその日のその瞬間までに砲台を完成させておいて到着寸前に発射して破壊する! こんなことが偶然で出来ますか!」

(それを出来ちゃうのがヴァンなんだよな……)


 グレイは分かっていた。ヴァンの真意を。ヴァンが何を狙っていたのかを。真実を語っているということを。

 しかし、悲しきことにこれを分かっているのはグレイだけである。他の人はこの事情は知らない。となると


「そうか……確かにそうだよな!」

「会長は私達を守るためにあんな砲台を作ったのね!」

「そうだとしたら……凄すぎるぜ、こりゃ」

 ミリアと同じような結論に人々が導かれるのは時間の問題でしかない。1人、また1人と次々に納得と感謝と敬意の声があがっていく。

「や、やめろ! 違う! 違うんだ! 俺は、俺は魔王となりたいだけなんだ! それだからこんな巨大砲台を作って、あの山を吹っ飛ばして! 俺の力を示して……! 魔王と恐れられるつもりだったのに……! だったのに!」

 先ほどまでの勢いは全く見られず、膝を付き倒れ伏すヴァン。宙に浮きながら膝をついた体制をとっているため、より一層惨めな格好である。


 しかし、人々からの賞賛という猛攻は止むことはなかった。

「照れなくていいんだぜ生徒会長!」

「そうよ! あなたはとても人に自慢できることをしたんだから! それは恥じることじゃ無いのよ!」

「悔しいけど……今のあんたはとっても格好いいぜ!」

「ヴァン・グランハウンド……君はこの学校の救世主だ……」

 1人1人の声は小さい。しかしそれらが全て同じ方向を向いているとき、とんでもないものとなる。それが今なのだ。

 そしてそれをさらにミリアは加速させる。

「そうです! 皆その調子ですよ! そうやって会長のことをどんどんと誉め称えちゃいましょう! 会長は照れてるみたいですけど、本人は内心とっても嬉しいんですから!!」


「嬉しいわけないだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 心の底から、魂の慟哭とも言うべき大絶叫。そのひとかけらでも真意は伝わっていれば、ヴァンの心はどれほど救われるだろうか。

 しかしそれは叶わぬ願いだった。

 なぜならあと1時間は、賞賛の言葉がやむことがなかったからだ。

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