1ー⑩ 一切合財含めた森羅万象の全てが分かりました!

 煙突の様な鉄の塊が学校から突き出ている。ミリアはそう言っていたが、確かにそうとしか言いようがなかった。

 黒く塗装された砲身の先端は、まるで天を刺すようにそびえ立っている。煙突と違っているのは頂上から煙も何も吐き出していないことと、突端に照準である出っ張りが付いていることだ。それ以外はただの鉄の塊でしかなく、現在、ただただ沈黙し続けている。

 それを見る群集は、口々に何かを言って喧騒を作り出している。


 その中にミリアとグレイはいた。片方は呆れ、もう片方は期待に目を輝かせていて。

「あいつ……またへんてこなものを作りやがって……」

「確かに変わってますね! これで今回はどんなことをしてくれるんでしょうかね!? きっと素晴らしいことに間違いはないですけど」

「……ろくでもないことだろうな……」

 いい加減いやになってきたのか、グレイはその場にしゃがみこみため息をついた。ミリアはそれを見て首を傾げた。

「せんぱいどうしちゃったんですか? お金でも落としたんですか? それとも珍しい虫でもいましたか?」

「……気落ちしちまっただけだよ」


 ミリアのすっとぼけた質問に多少の疲労感を感じながら、グレイは返答だけはこなした。しかし、それはミリアの疑問を解消するには至らず、更なる質問を呼ぶ結果となった。

「気落ちって……何でですか? これから会長が、あの煙突を使って何かすごいことをしようとしているんですよ?」

「ああ、そうだな」

「だったらどうして気落ちするんですか! いいことじゃないですか! そういう場合はにっこり笑って喜びを表すべきなんですよ! ほーらせんぱいも笑って笑って!」

 何度と見てきた顔、本人を前にしては言えないがグレイの好きな顔、ミリアの笑顔を向ける。ヴァンの件が無ければ、もう少しグレイの胸もときめいただろうが、そんな気分になれない。


「にっこり笑って、ねぇ……」

 グレイという人間は決して感情に乏しい人間ではない。むしろ、かなり感情表現は豊かな方だ。

 だから、笑う時には笑い、怒る時には怒る。己から沸き上がる気持ちを素直に表す。自分を偽るのをグレイは苦手としていた。

 故にグレイは笑わない。今は笑える要素を持ち合わせてはいなかったため。


「……ん~? せんぱい? …………! あ、あああ!!」

 いつまでたっても笑わないグレイに不審なものを感じたミリアは、やがて雷に打たれたように体を震わせた。

「そうか……そういうことだったんですね、せんぱい! 全て分かりましたよ!  一切合財含めた森羅万象の全てが分かりました!」

「……何が分かったって?」

 たぶんミリアは何も分かってはいない。グレイはそう確信していた。

 それは長年の付き合いから来る経験。ミリア・ヴァレステインという女性は頭がいいが、頭が悪い、それをよく分かっていたからである。

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