1ー⑨ 砲台?
「で、ミリア、何なんだ? 言いたいことって」
「はい、実は授業が終わって掃除やら何やらも終わって、せんぱい方の所へ向かおうとしたときに辺りから聞こえてきたんですよ。人の話し声が」
「ふっ、もう知れ渡ってしまったか。やれやれ。もう少し小さいものを作っておくべきだったかな……」
言葉だけなら省みている様にとれるが、ヴァンの顔は全く反省の色が無かった。
むしろ酔っているのだ。自分が考えていた作戦がその通りに進んだことに。
そんな顔はグレイの怒りを刺激しているのだが、あえて心のうちに止めた。何とか無視してミリアに先を言うよう目で促した。
「それであたしも気になったんですよ。これは何かあったに違いない、そう思ったんで近くの人に聞いたんですよ。幸いにもそこにはあたしの知り合いもいたんで」
「ほうほう」
「一体この騒ぎは何なんだ? って。するとその人が答えてくれたんですよ。『お、ミリアさんか。実は俺もちゃんと見た訳じゃないんだが、屋上に砲台らしきものが出来ているとか』って」
「砲台?」
グレイは全く予想もしていなかった単語が出てきたことから思わず聞き返した。グレイの言葉を補足するように、ミリアも大きく肯定した。
「はい、あたしも一体何言ってるんだ? と思って自分の目で見てみたんですが、あれは砲台としか表現しようの無いものでした。一見すると、煙突みたいなのが屋上に作られているんです。その先端がですが、なんて言うんですかね、いわゆる拳銃みたいに一回り太くなっていて、ほら、照準を付けるやつみたいな出っ張りが付いているんですよ」
「機能性を追求して作ったからな、多少の見栄えが悪いことは仕方ないか。しかし煙突とは……幾分不本意であるな。もう少し外見的なものを追求するべきだったか」
気に食わなさそうにヴァンは顔を歪める。
それを見ていたグレイも顔を渋くした。
「……もしかしてお前がさっき言っていたものってのはそれか?」
グレイの問いかけに対してヴァンが答えることはなかった。ただ薄笑いをグレイへと向けるだけであった。
それでもグレイには充分に伝わったのだろう。顔を手で覆い天を仰いだ。
「ちっとはまともなものを考えてくれたと思った俺が馬鹿だった」
「グレイ、まともとは何だ? まともとは常識があってこそ、常識という観点で見て生まれるもの。それではいかんのだ。常識にとらわれていては意味が無い。世の中は常に型を破ることを必要としているのだ」
「そうです! 会長の言うとおりですよ! ていうか会長が型破りなのは昔から分かっていたじゃないですか! しかも付き合いの長いせんぱいなら、なおさらそのことを分かっているはずじゃないですか!」
拳を作ってミリアは力説をする。
「会長が型破りな善行をするっていうことは!」
「善行か……ふふふ。それも遠いことになる。今回は違うぞ。今回は」
(果たしてそうかねぇ……)
と、ヴァンは席を立ち、ドアへと向かう。それに気づいたミリアはいち早くヴァンの背中に声をかける。
「会長? 何処行くんですか?」
「なに、俺の砲台が皆に知れ渡った今、計画を次の段階に進めなければな」
背中を向け、手を振るヴァン。しかし、ヴァンの歩みをミリアは口で止めようとする。
「だったらあたしやせんぱいもお手伝いを」
「不要だ」
「でも……」
不服なのだろう、食い下がろうとミリアは声を上げようとする。しかしそれはヴァンが手で制す。
「ミリア、その心意気はありがたい。だがこれは俺が考え俺が実行した計画。ならば最後まで、俺1人の力で押し通すのが意地というものよ」
それに、ヴァンは付け加え続ける。
「もう手伝うことなど残っていない。全ての準備は昨日のうちに整っていて、後は皆の注目を集めることだけが待っていた。だから、手伝うことなど最初から存在していないのだよ」
「ええ!? そんな! どうして一言言ってくれないんですか! あたしだって生徒会の一員ですよ! お手伝いしたかったですよ!」
予期していなかったヴァンの言葉に、ミリアも抗議をした。わざわざヴァンの前に回り込む形で訴え出る。
そんなミリアに気圧されたため、宥めつつヴァンは言った。
「悪かったな、ミリア。そのお詫びといっては何だが、グレイの部屋に入る権利を与えてやろう。私は今日の夜席を外すから好きにするがよい」
「ええっ!? それってお泊まりありってことですか!?」
「人のいる前で勝手に話進めてんなこらぁ!」
グレイは怒り。ヴァンは喜び。ミリアは驚き。
先程と全く同じ状態、多種の感情が渦巻く空間に戻る。
「お泊まりと言わず、共に寝所に入る権利を与えてやろう。睦言を囁きあう、甘い甘い夜を過ごすがよい」
「お前本気でぶっ殺していい? いや、いいよな。きっと神様だって許してくれるよ。余計なことを起こそうとするやつをぶっ飛ばしたって、きっと天国の法律では許してくれるだろう」
額に青筋を浮かべ、平たくいって切れてるグレイをヴァンは指差しながら
「ミリア、よく見ておけ。こいつはこのように言っていながらも、心の底では今日の夜、お前とともに過ごす際にどのようにして場づくりをするか、お前との初夜をどのように過ごしていこうか、という算段をしているのだ。全くいやらしいスケベ心の持ち主だとは思わんか?」
「死ねこらぁ!」
手に炎魔法を、それも今までよりも大規模に燃え盛る火炎を宿し、そして直後にヴァンの顔に叩きつける。
一挙に炎が広がり火柱となったヴァンだが
「はっはっはっ、ぬるいぬるい。その程度の炎では私は焼けんよ。最もお前のスケベ心と同等の炎だったら分らんがな」
全く変わりのない声で答えた。グレイもその結果をある程度予想していたのだろう。特別驚いた様子も無く、ただ怒りをまき散らしていた。
「うるせえ! そもそも俺はそんなこと思ったりなんかしてねぇよ!」
「は、どうだかな。まぁ、よい。それの真偽はまた後で見るとしよう。私が魔王となったその後でな。ふっ、ふっふっふっ……はぁーはっはっは!」
「てめえ、待ちやがれ!」
高笑いをあげていた炎が吹き飛ぶ。四散して火の粉となったそれは大気に散り、消滅した。その後にはもはや誰も、何も残ってはいなかった。
「ヴァン! どこ行きやがった!」
グレイが辺りに吠えるが、肝心なヴァンからの返事は全く帰ってこない。その代わりに答えたのはミリアであった。
「たぶん煙突のところじゃないですかね? 会長あそこに向かうって言ってましたし」
「急ぐぞミリア! あの馬鹿ほっといたら何するかわかったもんじゃねぇ! ある程度のところで止めるぞ!」
生徒会室の鍵を生徒会長の机から取り出しつつ、グレイはミリアに促した。
「そうですね! ヴァン会長の偉業の第一歩、見逃してしまったら人生の損失ってもんですよね!」
「そんな人生過ごすぐらいなら絨毯の繊維の数でも数えていた方がましだっつーの!」
「なるほど! 伝統芸能への理解を示すわけですね! せんぱいも中々やりますね!」
「ああ、もうそういうことでいいからさっさと行くぞ!」
「あ、せんぱい、待ってくださいよー!」
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