エピローグ 奇跡

 早いもので、和馬の葬儀から一月が経とうとしていた。


 黒羽葬儀社は白石和馬という有名人の葬儀を執り行ったことで一気に世間に名が知られ、る様なことはなく、今日も閑古鳥の鳴く平常運転を続けていた。

 最期に立ち会った幹部たちも宇宙葬については口外しないことを約束しており、和馬の遺骨は墓の中に入ったことになっている。


 さて、和馬から振り込まれるはずの多額の報酬は、蓋を開けてみれば半額ほどに減額されており、明細に同封されていた手紙によると、マスコミへの根回しの費用ということになっていた。

 いくらサプライズ『イベント』と言っても霊柩車ジャックなどマスコミ、ゴシップ紙の格好のネタになってしまう。

 それを防ぐための根回し費用分が差し引かれていたのだった。


 そして振り込まれた金もダミー和馬一号の製作費に諸々の道具代、カワセミや安井葬祭会館への支払いに、さらには協力者への返礼と、瞬く間に消えて去ってしまった。


 あれ以来織江から連絡が入ることもなく、風の噂――シゲの情報網ともいう――によると白石工業を辞めて、単身海外へ旅立ったらしい。

 カラスとしてはもう少し強気で攻めておいた方が良かったかと後悔する毎日でもあったが、啓次の知り合いの怖いお兄さん方が連日押し掛けてくるようなこともないことから、これで釣り合いが取れているのだと無理矢理納得することにしたのだった。


 その啓次であるが、和馬の遺言に沿って進められているグループ再編によって近々社長から降格になるかもしれないらしい。

 そして、その日の新聞にも白石グループ再編について大きく掲載されていた。


「おお?兄貴の方も工業の社長を辞めるそうだよ。『一族経営の悪習を絶つ為だが、極端な合理主義に走らないように取締役には名を連ねる』だってさ。次の社長は創業当時からいた幹部が就任するそうだ」


 知り合いから貰ってきた朝刊に気になる記事を見つけて黒羽が声を出して読む。


「ああ、それはきっと会長の最期に間に合った内の誰かでしょう」


 後から聞いた話だが、和馬を見送ったあの場所は創業メンバーにとっての思い出の場所だったそうだ。

 和馬の手紙に違和感を覚えた直感力に、その後あそこまでやってきた行動力と、和馬の後を継いでも十分にやっていけるだろう。

 もしかすると、彼はそこまで考えていたのかもしれない。


「本当に底の知れない爺さんだったな」

「何か言ったかい?」


 カラスの呟きに黒羽が問うてきたが、特に説明する程のことでもないので首を横に振る。


「いえ、何でもないです。それより俺にもその新聞見せてもらえませんか?」

「良いよ。丁度粗方読み終わった所だから」


 そう言うと黒羽は座っていた席を譲ってくれた。

 新聞に書かれていたのは政治家のスキャンダルや企業の汚職、普通の人が起こした凶悪犯罪に海外の紛争といつもと代わり映えのしないものばかりだった。


「ん?」


 次々とページを捲っているとある記事が目に留まる。

 食い入るように読んだ後、カラスは笑いが込み上げてきた。


「やるなあ、会長」


 こんな愉快な気分は久しぶりだ。偶にはこんな奇跡も良いものだと思った。

 そこにトイレに入っていた黒羽が戻ってきた。


「ふう、すっきりすっきり。ふうむ、出すもの出したら腹が減ってきたな……カラス君、ちょっと早いけど昼飯食いに行こうか」

「え?社長の奢りですか!もちろんゴチになりますよ!」


 お約束の定型文で返すと、案の定渋い顔をしたのだが、


「奢りとは言ってない……まあ、良いか。今日は奢ってあげよう!」


 まさかのオーケーが出た。さっきの奇跡から御裾分けを貰った気分だ。

 随分小さなものだがこれ位が自分の身の丈に合っているのかもしれない。


「マジですか!?それじゃあ寿司行きましょうよ、寿司!」


 とはいえ、先程の成功例もあるので少々図に乗ってみる。


「高いよ!?」

「それじゃあ和牛ステーキとか?」

「だから高いってば!?いつもの定食屋!決定!」


 どうやらやり過ぎてしまったようで、黒羽の中ではコーヒー付きで六百五十円の日替わり定食になってしまった。


「せめてもう少し豪華なものにしましょうよ」


 何とか心変わりすることを期待しつつ、カラスは黒羽を追って部屋から出て行った。


 黒電話の横に置かれた読みかけの新聞には『宇宙で行方不明の二遺体が十年ぶりに発見される』という見出しが書かれていた。




おわり

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宇宙葬、請け賜ります 京高 @kyo-takashi

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