原文(三)

公素厲大節、忠赤貫日。虜又令人來城下說降、至大呼云「西川大將吳曦已降、我本朝已封為蜀王。招撫固盡忠於國、奈何使襄陽一城生靈盡陷湯火中」或用箭射書入城。


公即對來人焚之、或碎之、不能止。後有來者即射殺之、方畏而不至。虜言吳曦受降、公初不之信、及圍解、乃知曦事果然。



公、もとより大節をれいし、忠赤貫日なり。虜、又、人をして城下にきたりて降を說かしむるに、至りて大呼して云へらく、「西川大將吳曦、すでに降り、我が本朝、已にほうじて蜀王と為す。招撫、もとより國にじんちうするに、奈何いかんぞ襄陽一城の生靈をしてことごとく湯火中におちいらしめんや(*1)」あるひはを用ゐて書を射て城に入る。


公、すなはち來人にたいして之を焚し、或ひは之をくだきて、く止めず。後に來者、即ち之を射殺すること有れば、まさに畏れて至らず。虜、吳曦の降を受くるを言ふも、公、初め之を信ぜず、圍解するに及びて、すなはち曦の事、果たしてしかりと知る。




公日夜勞心、寢不安枕、食不下咽、衣不解帶、事無巨細、必竭心思。故隨機應變、每發必中。

如開重濠以陷炮、穴牆道以出兵、織竹籠以絆馬、用層桌以列弩、夜易收兵之號、潛駕襲虜之舟、作泥炮及蒺藜箭、皆兵法所不載。公遇敵、凡事必審而後舉、尤好諮訪利害、有一謀一策可取者、不論高下、必采用之。所以算無遺策。


虜凡兩處創土山、采伐林木、四遠皆盡。既遁、賊於寨屋壁上題云「千辛萬苦過江來、教場築座望鄉台。襄陽府城取不得、與他打了豐年柴」


緣圍蔽已久、城中柴貴、每千錢僅能買十餘斤。民至有拆屋或取牛馬骨供爨者。及毀土山、柴薪有數百萬、擔以供軍民燒用、故有是云。語雖鄙、真情乃見。


上以公十二月三日及正月連日之捷、除公為正任團練使。公曰「宗社威靈、士卒用命、某何功之有」圍解之後、亦未嚐言。


萬年久隸戎行、從公出邊、以擐執之餘、或預聞帷幄之謀。雖識見卑陋、無涓埃裨讚。而公之施設、皆所目擊。虜退方數日、拿筆編次始末、不暇為文、異時記事讚功、有太史氏在此。亦足以備搜訪之實跡云。



公、日夜勞心し、寢、安枕せず、食、咽を下らず、衣、帶を解かず、事、巨細無く、必ず心思をくす。故に機にしたがひておうへんし、每發必中す。


重濠を開きて以て炮をおとしいれ、しやうだうを穴して以て出兵し、竹籠を織りて以て馬を絆し、そうたくを用ゐて以て弩をつらね、夜々收兵の號をへ、潛かに襲虜の舟を駕し、泥炮及びしつれいせんを作るが如きは、皆、兵法、載せざる所なり。公、敵にひては、およそ事の必ずつまびらかになりて後に舉し、もつとも好く利害をはうし、一謀一策、取るべき者有れば、高下を論ぜず、必ず之を采用す。かぞへて遺策無かる所以なり。


虜、凡そ兩處に土山を創り、林木を采伐し、四遠、皆盡くす。既にのがるるや、賊、寨屋の壁上に於ひて題して云へらく、「千辛萬苦、過江してきたり、教場築座、望鄉の台。襄陽府城、取るも得ずんば、他に打了せる豐年の柴をあたふ」


へいすでに久しかるにりて、城中の柴、貴なり、每千錢、わづかにく十餘斤のみを買ふ。民、屋をひらき、あるひは牛馬の骨を取りてかまどに供する者有るに至る。土山をこはすに及び、柴薪、數百萬有り、になひて以て軍民の燒用に供し、故に是く云ふ有り。語、いやしといへども、真情、すなはち見ゆ。


上、公の十二月三日及び正月連日のちを以て、公に除して正任團練使と為す。公、曰く、「宗社の威靈、士卒の用命、某、いづれの功、これ有らんや」圍解の後、またいまかつて言はず。


萬年、久しく戎行にしたがひ、公に從ひて出邊し、くわんしつの餘を以て、或ひはあらかじあくの謀を聞く。識見、ろうなりと雖も、くえんあいさん無し。公の施設、皆、目擊する所なり。虜、退きてまさに數日、ひつして始末を編次し、暇せずして文を為す。異時に事を記して功を讚ふるに、太史氏、ここに在ること有らん。亦、足りて以て搜訪の實跡に備ふと云ふ(*2)。



――――――――――



(*1)

生靈


「いきりょう」ではなく、「いきとしいけるもの」だろう。このあたりのスピリチュアルな感覚を把握するのは、直感的には難しいことがある。



(*2)

搜訪の實跡に備ふ


 私はあなたにたどり着いたよ、と言いたい。私は史書を編纂する役人ではないし、籠城の任を負って本書を紐解いたわけではない。だから、執筆したあなたの意図とは異なる読み方をしているけれども。


 この箇所の超訳文を作りながら、何か涙が出てきた。時空を超えて、確かに私は趙萬年という人と出会い、親しく触れ合っている。

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