原文

十四日、虜見土山已為灰燼、不可修築、又劚開南門外大堤、仍堆土牆、有攻南門之意。公即遣張聚部敢勇五百人殺退劚牆人。雖已殺退、終恐攻打南門、是夜遣官軍二千人於南門外創開濠一道、約三百餘步、闊五尺、深八尺。


來早、虜人登高、望見忽有濠一道、莫不驚愕。繼有被擄人回稱、虜人云「南軍為事便是一會子。自此計無所施。偶東北隅城外元有古堤一道、直掛城團樓相對、勢如土山漫道」


虜人遂因此堤增築高闊、軍馬並集、日夜擺布、比之東隅、用工愈急。



十四日、虜、土山のすでかいじんと為り、修築すべからざるを見、又、南門外の大堤をちよくかいし、りてしやうたいし、南門を攻むるの意有り。公、すなはちやうしうを遣はし、敢勇五百人を部して劚牆人を殺退す。已に殺退すといへども、つひに南門を攻打するを恐れ、是の夜、官軍二千人を南門外につかはして濠一道を創開せしむるに、約三百餘步、闊五尺、深八尺なり。


來早(*1)、虜人、高きに登り、こつとして濠一道有るを望見し、驚愕せざるものし(*2)。繼ぎて被擄人のかへりて称すること有るに、虜人云へらく、「南軍、事を為すに、便すなはち是れ一會子なり(*3)。おのづから此の計、施す所無し。偶々たまたま東北隅の城外、元より古堤一道あり、城の團樓に直掛して相對すれば、勢ひ土山の如きこと漫道なり(*4)」


虜人、遂に此の堤にりて增築高闊し、軍馬並集し、日夜はいす。之を東隅に比ぶれば、用工、愈々いよいよ急なり。




公遂於二十日夜發官兵四千人、於古堤兩旁創開濠塹、長四百餘步。於未曉時、又發弩手一千人伏於新開濠塹之內、虜不知覺。



公、遂に二十日夜に於ひて官兵四千人を發し、古堤の兩旁に於ひて濠塹を創開せしむるに、長四百餘步なり。未曉の時に於ひて、又、弩手一千人を發して新開の濠塹の內に伏せしむ。虜、知覺せず。




次日、虜騎徑來衝突、為伏弩並發、射倒番軍頭目、人馬殺傷甚眾。虜騎稍退。遂令官兵前進、用鍬鑊手二千餘人、分斷古堤為三段、以伐其謀。


連日出兵、且戰且斷、虜人屢來衝突、皆為強弩射退、不敢近傍。虜計既窮。



次日、虜騎、ただちにきたりて衝突し、為に伏弩並發し、番軍の頭目を射倒し、人馬の殺傷、はなはおほし。虜騎、やや退く。遂に官兵をして前進し、鍬鑊手二千餘人を用ゐて、古堤を分斷して三段と為し、以て其の謀をらしむ。


連日出兵し、つ戰ひて且つ斷ず。虜人、屢々しばしば來りて衝突するも、皆、強弩に射退せられ、へて傍に近づかず。虜計、既に窮す。



――――――――――



(*1)

來早


 きたる朝。「早」は「朝」の意味で、現代中国語でも朝の挨拶は「zao」という。なお、「早」のピンインは「zao」だが、日本人の耳には「ツァオ」と聞こえるかもしれない。



(*2)

莫不驚愕 驚愕せざるもの莫し


 二重否定。誰もが驚愕した。


 漢和辞典によると、「莫」は英語の「nobody(もしくは、no+名詞)」と同じような用法とのこと。



(*3)

一會子


 短い時間。

 ちなみにこの語は現代中国語の辞書で見付けた。漢和辞典ではなく。



(*4)

漫道


 言うまでもない。

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