二十五.二月十四日到二十一日。タコ金軍の土木工事を完全に撲滅した。

超訳

 二月十四日。仲春とはいえまだ肌寒い日もあって、人肌や甘いものがほしくなったりする。別に寂しいわけじゃない。


 タコ金軍は、灰燼に帰した土山がもはや修復不可能と判断したらしい。あきらめて帰るかと思いきや、また新たな動きを見せた。


 南門の外、濠の対岸には大きな堤防がある。タコ金軍はその堤防を切り崩して土塀を積み上げ始めた。


「あいつら、今度は南門を狙うつもりですかね?」

「人数はさほど多くない。早いところ追い払っちまおう」


 というわけで、やたら強い茶商の張聚に敢勇軍五百人を率いてもらって、南門外で作業中のタコ金軍をサクッと片付けてもらった。


 兄貴は慎重を期したいタイプだし、木組みの土山では襄陽に籠る全員が本気で肝を冷やしたから、今回のタコ金軍の南門狙いにも不気味さを感じて、打てる手を打たずにはいられなかった。


 夜、趙家軍が南門外に出張って、横に長い穴を掘った。長さ約三百歩、幅五尺、深さは驚きの八尺(*1)。穴の中に入って両手を挙げても、穴の縁に指が届かないレベルだ。穴に濠から水を引いてきて、出来上がり。


「襄陽の一夜濠でござい。穴掘りにも水の扱いにも、かなり慣れたよな」


 自画自賛して城に戻った。


 翌朝、タコ金軍は小高いところから襄陽を見下ろして、忽然として濠が出現していることに度肝を抜かれていたらしい。


 というのは、捕虜になっていたやつが帰還して証言したことだ。そいつによると、タコ金軍はこんなことを言っていたそうだ。


「宋軍の軍事行動はヤバい、速すぎる。南門狙いの土山を築こうというのは無計画に過ぎた。しかし、調べてみると、東北隅の城外にはもともと古い堤防がある(*2)。これを増築して城の団楼に対抗させれば、もう間違いなく、ちょうど土山みたいになる(*3)」


 タコ金軍はこの調査結果と新規計画に望みをかけたらしく、全力で堤防の増築を進めた。昼夜を問わず騎兵の護衛もついている。前回の東南隅の土山に比べても、工事はさらにピッチが上がっている。


 オレたちはじりじりしながらタコ金軍の隙を狙っていた。そして二十日の夜、連中の防御が手薄になったところを突いて、趙家軍四千人で工事現場の両側に塹壕を掘った。長さは、合計しておよそ四百歩(*4)。弩兵千人が身を隠すのに十分なサイズだ。


 伏兵を置いたのは、まだ日が昇らないうちだった。タコ金軍は気付かなかった。


 翌日、タコ金軍がやって来た。塹壕の中で弩を携えたオレたちはタイミングを測る。連中が完全に射程圏内に入る。


「全軍、放て!」


 矢継ぎ早に射る。敵の数がどれほどかもわからない。目に入る敵、全部を射倒すつもりで射る。


 逃げ惑うタコ金軍は、歩兵にも騎兵にも死傷者を続出しながら、じわりと退却する。頭目らしき人物は死体になって転がった。


 兄貴は伏兵作戦が効果を上げたと見ると、即座に趙家軍を出動させた。二千人の兵士がくわその他の道具を使って、タコ金軍が改造しようとしていた堤防を三つにぶった切った。


 疲労はある。皆でこんな話をする。


「また来やがったらどうしよう?」

「そんときは、また撃退するし土山も破壊する」

「いたちごっこだ」

「根競べだな。頑張るしかない」


 でも、疲労はタコ金軍のほうが大きかったみたいだ。連中が襄陽近辺に出現しやがるたび、オレたちは弩で射撃して追い払って近付かせない。損害はあまりなくても、精神的ダメージが積み重なっていく。


 そんなのを繰り返すうちに、タコ金軍の元気がどんどんなくなって、万策尽きた、という空気が漂うようになった。



――――――――――



(*1)

長さ約三百歩、幅五尺、深さは驚きの八尺


 三百歩は約四百六十八メートル、五尺は約一.六メートル、八尺は約二.五メートル。



(*2)

堤防


 この堤防、濠を過る格好で築かれていたのではないか、とも思う。「濠を渡る」という表現がない箇所は、どこに兵を配置したのか確信が持てないことがある。土山を巡る攻防戦は図がほしい。


 もしかしたら、趙萬年が手書きでしたためたときには、襄陽近辺の地図や部隊の配置図、城壁東南隅に並べた机の台座などの絵も添えていたかもしれない。などと勝手な想像をしている。



(*3)

団楼


 城壁上に築かれた楼閣のうち、角にあるものを団楼と呼ぶ。

 楼閣の種類は『武経総要』巻十二の「守城」に詳しい。影印版ならイラスト付き。



(*4)

四百歩


 約六百二十四メートル。

 すべて人力で、電灯もない中、本当によくやる。

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