原文

十一日、虜人來救撲所焚土山、用土培擁、至晚而去。公夜半遣人再燒、火勢複熾。


十一日、虜人、來りて、焚する所の土山を救撲し、土を用ゐて培擁し、晚に至りて去る。公、夜半、人をつかはして再び燒き、火勢、またはげし。




十二日、虜再來救火。公遂出兵二千、列於濠外、射救火之人。虜以火不滅、遂用木牌護劚毀不盡土山、以斷火路。公當時令官兵列陣而前、虜騎迎戰數合、為官兵殺退。隨即再用油灌乾草於土山劚斷處焚燒。虜畏強弩、拱手莫前。煙焰幾日不絕、悉為灰燼。自此虜氣大沮、不複修築。


公見前後虜人每來犯城、必為官軍剿殺。兼諜知虜人緣此畏懼、皆不欲攻城、止是元帥酋長貪功、不恤士眾。公遂作手榜射虜營中、開陳禍福、招諭來降。是夜、有流星墜虜營中。



十二日、虜、再來して救火す。公、遂に二千を出兵し、濠外につらね、救火の人を射る。虜、火の滅せざるを以て、遂に木牌を用ゐてちよく盡くさざるの土山を護り、以て火路を斷つ。公、時に當たりて官兵をして列陣してすすましめ、虜騎、迎戰すること數合、官兵に殺退せらる。したがひてすなはち再び油灌の乾草を土山劚斷の處に用ゐて焚燒す。虜、強弩を畏れ、拱手して前むし。煙焰、幾日絕えず、ことごとかいじんと為る。此れり、虜氣、大いにやぶれ、また、修築せず。


公、前後を見るに、虜人のきたりて城を犯すごとに、必ず官軍にせうさつせらる。兼ねて諜知するに、虜人、此れするにりて、皆、攻城を欲せず、ただ是れ元帥酋長のみ功をむさぼり(*1)、しうねぎらはず。公、遂に手榜を作りて虜營中に射て、禍福を開陳し、來降を招諭す。是の夜、流星、虜營中に墜つる有り(*2)。




翌日、有訓武校尉謀克納合道僧以右翼副統印來降。公因此即揚聲云「僧來降」又密報欲降之人甚多、及盡得萬山一路番軍虛實、克日水陸並進剿殺番軍。萬山虜人聞知、遂於次日燒營、盡渡江北、即具捷以聞。


道僧者、廣威將軍吾也萬戶之子。因虜眾以攻城損折人多、知其父與元帥並都統親密、求請勸道勿攻城。吾也怒、欲殺之、道僧遂以印來降。



翌日、有訓武校尉謀克納合道僧、右翼副統の印を以て來降す。公、りて此れ即ち揚聲して云へらく、「僧、來降す(*3)」又、降らんと欲するの人のはなはだ多きを密報し、ことごとく萬山一路の番軍の虛實を得るに及びて、克日して水陸並進し(*4)、番軍をさうさつせんとす。萬山の虜人、聞知し、遂に次日に於ひて營を燒き、盡く江北に渡る。即ちちを具して以聞す。


道僧なる者、廣威將軍吾也萬戶の子なり。虜眾の攻城して損折せる人多きに因りて、其の父と元帥と並びに都統、親密なるを知り、求請して攻城するからんことを勸道す(*5)。吾也、怒り、之を殺さんと欲すれば、道僧、遂に印を以て來降す。



――――――――――



(*1)


 この字で「only」の意味の「ただ」。地味に読みにくい。



(*2)

流星


 日食や月食、特定の星の位置、流星や彗星、ごくまれにオーロラが観測されたときなど、天体に関する記事は意外と史書にしっかり残っている。また、異常気象や災害なども事細かに残っているケースが多い。


 これらを自然科学の研究とコラボさせる試みがなきにしもあらず。もっと流行るといいと思う。



(*3)

僧、來降す


 音楽をやる人ならご存じかと思うが、BOSEボーズというスピーカーのメーカーがある。私は学生時代にロックのバンドを組んでおり、そのころの雑談中に「BOSEボーズの音がいい」のと「僧侶ボーズの読経の声がいい」のと、ごっちゃになったことがあった。


 というのを、この趙淳のセリフで思い出した。趙淳が「僧侶が来たのか」と言った、とわざわざ記録してあるのは、BOSEボーズ僧侶ボーズの勘違いみたいなことが起こったためだろうか。道僧という名前、やはりまぎらわしいのだ。



(*4)

克日


 この「克」は「剋」の音通で、固く約束する、期限を定めること。



(*5)

勸道


 すすめていう。「道」は「報道」の用法のとおり「言う、説く」の意。


 小説界隈では「言う、という表記の連続はどうなのか?」というテーマが話題に上るが、漢文では現代日本語よりずっと「言う」のバリエーションが多い。漢和辞典のごんべんを眺めてみると本当に多いし、述、道、陳などもそうだ。これはこれで覚えるのが大変。

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