原文
二月一日、虜人增添軍馬、仍前推運洞子・皮屋・皮簾等、再築土山、規矩倍於前日、旬日之間、幾與城齊。
兼虜主重立賞格、首先上城人白身與世襲千戶、官廣威正六品職事、錢五千貫。第二上城人白身與世襲謀克、官武節正七品職事、錢三千貫。所以亟創土山、意在必取襄陽。每夜擺列軍馬、仍燒火數十處、明白如晝、以防斯毀。
二月一日、虜人、軍馬を增添し、
兼ねて虜主(*2)、重ねて賞格を立つるに、首先の上城人、
公於初十日夜發官兵八千二百餘人出城南、於內一千五百餘人專用鍬□・鐵鈀、六千六百餘人係弩手及敢勇軍茶商・叉鐮・刀斧手、城上亦擺三層弩手。
公先諜知虜人增兵欲分數路前來衝突。公前日出兵用竹籠絆馬、恐虜人別生狡計措置。令前行人各持小拒馬子一副、遮攔虜人來路。於內布列陣隊、仍前用遮箭布牌、又槍・弩手迭相衛助。
於燈時先差裴顯・路世忠部水手於城東西江內擂鼓發喊、陽為劫寨以誤之、虜人果抽兵以應。
至二更、兵從南隅羊馬牆而出、令先以四百人銜枚、各提水一桶、疾走往虜人燒火去處、潑滅、分布前進。偶當夜月暗。用拒馬子截斷來路、殺退虜人、鍬□手即時用工毀劚土山。虜再來衝突、為拒馬子所礙、不能馳騁、又為層弩並射、屢進屢卻。
緣創築土山之內盡用大木穿貫如屋、上用排椽、積柴束・草牛・覆土於上、所以難於毀拆。自二更官兵並力用工、至五更方除三分之一。
虜人列營舉火為號、公恐天曉虜騎四集、遂令濠寨餘直將所辦油灌幹草、名為火牛、置於土山之內、以火焚之、方填草間、大風猝至、煙焰障空。當夜官兵與番軍交戰二十餘合、殺傷番軍甚眾、人馬死者縱橫於地、及奪到軍器・遮箭牌等。
公以前次遇夜出兵、於收兵之時或鳴金、或舉火、或鳴梆子、要使虜人不能測度。今次兵多於前、若再用之、必來追襲。公於初十日先次密諭將士「今夜收兵、以鼓代金、以進為退。及天色將曉、火勢益熾、城上擂鼓發喊、虜人謂我軍再進、倉皇奔走。我軍整陣而歸、並無傷損」
公、初十日夜に於ひて、官兵八千二百餘人を發して城南より出で、內に於ひて一千五百餘人、
公の前日に出兵するや、竹籠を用ゐて馬を絆するに、恐らく虜人、別に狡計を生じて措置せん。前行の人をして各々小拒馬子一副を持ち、虜人の來路を
二更に至り、兵、南隅の
創築せる土山の內、
虜人列營し、舉火して號と為すに(*5)、公、天曉に虜騎四集するを恐れ、遂に濠寨の餘をして
公、前次の遇夜の出兵に、收兵の時に於ひて
――――――――――
(*1)
旬日
十日間。「旬」を十日として、一箇月を上旬、中旬、下旬と分けて呼ぶのは現在でもよく見掛ける用法。
(*2)
虜主
敵国の皇帝のことは「主」と書くものらしい。金国側の資料では、宋の皇帝を「宋主」としている。
(*3)
白身
はくしん。しろみではない。官位を持たない人のこと。
(*4)
排椽
(*5)
舉火して號と為す
昼間なら
(*6)
金
金属製の楽器の銅鑼や鐘。戦闘中の合図として用いる場合は、停止や退却を意味する。
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