二十三.二月一日到十日。暗夜、襄陽じゅうの兵士フル動員で激戦した。
超訳(一)
二月一日。また来やがった。また土山を造り始めやがったんだ、タコ金軍は。
前よりもさらに兵と馬を増やして、洞子や皮張りの小屋、皮簾も完備している。土山のサイズは、前に造っていたのの倍くらいあるだろう。
「早く壊しに行かねぇと!」
襄陽は皆、焦った。でもタコ金軍は、今回は隙がない。スパイが探ってきたところによると、タコ金の親玉、つまり金国皇帝を名乗っているやつが、城壁攻略に関する褒賞の制度をリニューアルしたそうだ(*1)。
トップで城壁に到達した者には、銭五千貫をもれなく贈呈(*2)。
千戸とか謀克って確か、宋で言うところの統制とか統領くらいの地位じゃないっけ? 統制なら、クーデターで死んだ呂渭孫みたいに千人単位の軍団を率いるレベル。統領は、そのワンランク下の指揮官クラス。武官職の世襲ってのは遊牧狩猟民らしい発想だ。
品位は官僚ピラミッドのランク付けをするものだ。各品には正従があって、いちばん下は九品。数字が小さくなるにつれて偉くなる。六とか七は、宋だったら、ある機関のナンバーツーとか中間管理職とか、そのへんだ。タコ金でも似たようなもんだろ。
とにかく、襄陽の城壁に一早くたどり着いて且つ生きて帰れば、大金も地位も手に入る。タコ金軍が張り切るのも道理だ。速攻で土山を造って絶対に襄陽を手に入れてやろう、と。
しかし、ちょっと文句言わせろ。
「現金すぎんだろ! ご褒美あげるよの通達が来た途端、いきなりコロッと手強くなるとか、わかりやすすぎ!」
毎晩、土山工事を護衛するためにズラッと騎兵が並ぶ。闇にまぎれて奇襲するのが襄陽の常套手段だからと、そこいらじゅうに数十ヶ所も火を焚いて、昼間みたいに明るさを演出している。これじゃ土山を壊しに行けない。
土山はほんの十日で、城壁と同じ高さにまでなった。それが濠の間際にある。高さがそろっちまうと、弩や投石機で「撃ち下ろす」というアドバンテージが消えて向こうの飛び道具もこっちに届きやすくなるわけで、端的に言えば、かなりまずい。
タコ金軍の絶対防備の構えに、オレたちはなかなか攻め込めずにいた。でも、いつまでも手をこまねいてはいられない。
出撃の準備は少し前から整っていた。実際に出撃したのは二月十日の夜。空が曇って月が見えない、暗い夜だ。
城南に出撃したのは、およそ八千二百人。千五百人超が
総動員数、一万を超えている。襄陽に
「夜が明ける前に片を付けるぞ。今夜の戦闘は、負けないだけじゃダメだ。俺たちは必ず勝たねばならない。勝つんだ!」
タコ金軍の兵力は、まず間違いなくオレたちより多い。探ってきた情報によると、タコ金軍は襄陽勢の襲撃に対して兵力を増やして分割し、複数方面からの攻撃を仕掛けようと考えているらしい。
「兄貴、どうやって対策するつもりですか?」
「この間の竹夫人みたいな小細工は、タコ金軍も対策を練ってあるだろうしな。基本的にはスタンダードに行くだけだ」
前衛の兵士にはそれぞれ、小型の
――――――――――
(*1)
金国皇帝を名乗っているやつ
章宗。女真名は
ちなみに、章宗のように「〇宗/〇祖」というのは
戒名のようなものにはもう一つ、
(*2)
銭五千貫
一貫は銅銭一千文。一文は銅銭一枚のこと。
銭五千貫がどのくらいの価値を持つかというと、スパッとした答えを出せないのだが、『金史』巻五十八、志第三十九によると貞祐年間(一二一三‐一二一七年)の朝廷勤めの正三品の役人の年俸が銭五千貫プラス穀物や布などの現物支給、となっている。
『金史』巻五十八の前後の記事を見るに、何千貫という桁はなかなかお目に掛かれない。普通、もっと桁が小さい。
例えば、正五品以下の職事官が在職中に死亡した場合の見舞金は(いろいろ条件はあるのだが)、五品は一百貫前後、六品・七品は八十貫前後、八品・九品は六十貫前後となっている。
品位については本文中で述べたとおり。正直言って、かなりキッチリ内政系の制度史を勉強している人でないと、俸禄や品位に関してはピンと来ないと思われる。私もよくわからない。
とりあえず「タコ金の軍中で出世とボーナスが確約された出血大サービスが始まった!」くらいの感覚。
(*3)
拒馬
敵の通過を防ぐために主に道路などの封鎖の目的で用いられる移動可能な障害物。現代の警察などが必要に応じて道路に置く「通行禁止」のあれは、拒馬の一種といえるのではないか。
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