十九.一月四日到五日。激しすぎるバトルはさらに続いた。

超訳

 一月四日早朝。


 タコ金軍は、また新たな投石機や洞子を押して襄陽へ攻め寄せた。攻城兵器群の前列には、歩兵と騎兵の集団。たちまちと砲弾が激しく飛んでくる。洞子に積んだ草牛やのうの類が濠の間際に運ばれる。


「昨日と同じだ。とにかく耐え抜け!」


 オレたちは声を上げて励まし合いながら、タコ金軍と撃ち合った。


 の刻に始まった戦闘は、寒い季節の太陽が萬山の向こう側に沈むとりの刻には終息した(*1)。タコ金軍は攻城兵器を引っ張って軍営へ帰っていった。ほったらかしにしたらオレたちが夜襲で焼き尽くしてやるから、連中はそれを避けたんだ。


 兄貴は思案を巡らせていた。確認するようにオレに言う。


「襄陽勢の強みは何だ? 一つは、漢江と濠と城壁による堅固な守り。もう一つは、地の利を活かした神出鬼没の奇襲だ」

「ですね。一昨日も、不意打ちが成功しなかったら、あいつらを追い払えなかったと思います」


「タコ金軍は騎兵を大量に抱えている。あれは厄介だ。もし俺たちが正面から打って出る素振りを見せれば、必ず襲い掛かってくる。騎兵の突進を防ぐ手立ては、今はない。俺たちは弩を有効に使って応戦すべきだ」

「でも、弩を有効に使うったって、今以上のやり方がありますか? 弩自体はまだ予備があるけど、配置するスペースも人手も足りてないでしょう」


「人手は、れんや刀剣の部隊から割いてくればいい。弩は弓と違って、ある程度の腕力と体力があれば、初心者にも扱える武器だ。これだけ敵が密集している状況なんだ、狙いの高ささえ合わせられれば、どこに射たって的にあたる」

「確かにそうですけど、スペースはどう確保するんです? 襄陽のじょしょうはそれなりに高さがあるから、低くなってる女口から射撃するしかない。今の配置で、人数ギリギリですよ」


「その発想を捨てるんだ。今夜、敵の襲撃が引いたら、城壁東南隅の陣形を変える。けっこう衝撃的なビフォー・アフターを披露してやれるぞ」


 埃だらけ汗まみれの顔で兄貴が笑う。


 ああ、やっぱ強ぇな、と思った。こんなに追い詰められているのに、ちっともへこたれていない。兄貴に付いていきゃいいんだって、大船に乗った気分でいられる。


 夕方になると、タコ金軍は退却していった。オレたちは休む間もなく、兄貴が考え出したリフォームプランに取り掛かる。


「公営の倉庫、大きな寺院、民家のどこからでもいい。頑丈な机をありったけ借り受けてこい。机に脚を継いで踏み台にする。それを女口の後ろに二列並べて、その上に弩兵を配列する」


「じゃあ、女口のそばの最前列とその後ろの台上に二列、合計三列の弩兵を東南隅に配置するってことですね」

「そういうことだ。タコ金軍は、こちらの弩の戦闘力をすでに見切ったと思っているはずだ。その認識を、三倍に威力を増した斉射で引っ繰り返してやる」


 城内の人手を総動員して踏み台造りに奔走する傍ら、また別の作戦の準備もおこなわれている。


 翌朝の開戦に先んじて、敢勇軍と趙家軍から千八百人を選んで、城壁外のようしょうに潜む伏兵とした。伏兵部隊には、攻城兵器の破壊に向いた武器や道具と干し草の束を持たせる。


 羊馬牆からタコ金軍の攻城兵器までの距離は、およそ百歩余り(*2)。間には濠があるわけだが、小船をつないで浮き橋を二座設置し、出撃しやすいように羊馬牆を削って薄くしておく。


 今まで存在しなかった浮き橋がいきなり出現するとは、タコ金軍も思っちゃいないはずだ。タコ金軍が居並ぶ地上からは、濠の水面は角度的によく見えないし。


 夜が明ける前に、タコ金軍を迎え撃つ準備は整った。

 そして、五日早朝。


 タコ金軍はしつこく、投石機と洞子に大量の歩兵騎馬兵の編成で押し寄せた。城を攻める勢いは一層激しくなっている。


 だからどうした。こっちだって、テメーらを蹴散らす準備は万端なんだよ。


 の刻、兄貴が伏兵部隊に合図を送った(*3)。薄く削られていた羊馬牆が勢いよく吹っ飛ばされて、その内側から伏兵部隊が突出する。


 タコ金軍の砲撃が急激に失速した。伏兵の出現にビビッてすくみ上ったんだろう。混乱が波紋のように広がっていくところへ、浮き橋を渡った伏兵部隊が殺到した。


 出兵するなら城門からだと、タコ金軍の前衛はそっちばっかり警戒していたはずだ。ところが、襲撃は予想外の方角からだった。パニックが起こる。


 伏兵部隊は最初に、濠に臨む最前列の歩兵を蹴散らした。すぐさま攻城兵器の列に至って、背負っていた干し草を火種に、次々と投石機や洞子を燃やしていく。


「兄貴、伏兵部隊のほうへ騎兵が迫ってきます!」

「予測済みだ。弩兵、構え! 狙いは攻城兵器の後ろ側だ。放て!」


 三列に配置された弩兵部隊が一斉にを放った。密度の高い箭の雨がタコ金軍の騎兵部隊の頭上に降り注ぐ。


「一列目、構え! 二列、三列は箭を番えて待て。一列目、放て! すぐに箭を番えろ。二列目、構え! 放て!」


 箭を番えるためのタイムラグを、三列の配置で補い合う。効果的な波状攻撃だ(*4)。タコ金軍の騎兵部隊は足止めを食らい、あるいは馬ごと射倒されて、攻城兵器を破壊する襄陽勢に近寄れない。


 城壁の東南隅に集結させたのは、弩兵部隊だけじゃない。投石機もだ。


へきれきほう、撃ちまくれ!」


 叫ぶ、弩で箭を放つ、銅鑼を鳴らす、霹靂炮で砲弾をぶっ放す、援軍が城外へ飛び出していく、太鼓を打つ、声を掛け合う。


 これ以上ないってくらい必死の勢いで、オレたちは戦った。タコ金軍の騎兵部隊が退却していくのが見える。攻城兵器の群れが炎と煙に包まれ始めている。


 早朝から日暮れまで、オレたちとタコ金軍との攻防は数十ターンにも及んだ。最初の伏兵部隊の援軍として、オレも城外に突出して戦った。


 るいるい。そんな言葉が頭に浮かぶ。


 敵の死傷者は数千に及ぶだろう。どこもかしこも死体が転がっている。投石機や洞子を引っ張って帰っていく者もいないわけじゃないが、ほんのわずかだ。


 土嚢や草牛、敵から奪い取った木牌などは、一思いに燃やした。折しも北風が大いに吹き荒れて炎を煽り、煙は空に広がる。タコ金軍にとっては、正面から炎と煙が迫ってくる格好だ。


「最後の一押しだ! 天の時がオレたちに味方している! 蹴散らせ!」


 オレたちは勢いに乗じ、怒号を発して攻めまくった。タコ金軍は、馬具付きの馬や武器を残して敗走した。


 捕虜にしたタコ金の連中が、軍の内情を証言した。


「去年十二月三日の攻城の際には我が金軍に多数の死者が出たが、名立たる武将、さつ都統やこう万戸も貴様らの箭によって落命なさった。今回の攻城ではかつさつ万戸が亡くなった(*5)」


 そう憎々しげに言われても、どうしようもない。こっちだって必死だ。

 この日、ここんとこ数日の戦勝報告を添えた文書を朝廷に向けて送った。


 それから何日か経って、敵の捕虜にされていた兵士が帰ってきた。タコ金軍の首脳陣の様子をうかがう機会があったらしく、なかなか興味深いことを報告してくれた。


「金賊のげんすいは都統どもを引き連れてはんじょうに登り、対岸の襄陽を指して言いました」


 趙淳という男は異様に頭が切れるようだ。陣頭指揮を執れば成果を上げる。敢勇軍は出動のたび、どこから我が金軍を襲うか予測もつかぬ。この襄陽を如何いかにして落としてくれよう?


「並び居る都統どもは背筋を伸ばして上申しました」


 今までのままでは、何度闇雲に城を攻めたところで、我が金軍の軍馬を殺し尽くす結果となってしまいます。何か別の手を打たねば。


「元帥はうなずきました。今、金賊の攻勢は止んでいますが、引き下がるつもりはないようです。ゆめゆめ警戒をおこたらぬよう、対策なさってください」



――――――――――



(*1)

卯の刻、酉の刻


 卯の刻は午前六時ごろ。酉の刻は午後六時ごろ。



(*2)

およそ百歩あまり


 一歩は五尺で、約百五十六センチメートル。百歩は約百五十六メートル。伏兵が羊馬牆の内側からスタートして攻城兵器の破壊に入るまでの時間は、三十秒から一分くらいだろうか。



(*3)

巳の刻


 午前十時ごろ。



(*4)

効果的な波状攻撃


 原文にはここまで書かれていない。盛りました。趣味です。すみません。



(*5)

蒲察都統、咬兒万戸、葛劄万戸


 都統と万戸は軍事的な役職。


 蒲察は姓で、女真族では王室の完顔氏に次ぐ第二の地位にある貴族。中国音は「PuCha」。ハンガリーにも蒲察氏の子孫がおり、「Bócsa」姓に変化しているらしい。


 肝心の下の名前だが、『金史』を当たってみたものの、このたびの戦闘で落命した蒲察姓の人物を発見できなかった。が、十一月十八日に完顔匡とともに手紙を送ってよこした「副統」が蒲察阿里という人物だった可能性を『金史』巻一百三から発見した。


「泰和伐宋、從右副元帥、攻宜城縣、取之。」


 咬兒(JiaoEr)と葛劄(GeZha)はお手上げ。趙萬年は敵方の人物名を姓のみしか記録しない傾向にあるので、女真語の姓だろうとは思うが、正史などの公式記録に使われる表記法ではなく、聞いたままの音にテキトーな漢字を当てていたら、完全に迷宮入り。

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