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2017年10月17日 00:47 編集済
他の人の訓読を読むのは楽しいですね、完顏相公、招撫して打話するを請はんと欲すこの場合、招撫するために打話しようと誘っていると思うのですが、訓読は招撫してから打話しようと誘っているように読めてしまいます。完顏相公、招撫するに打話せんと(請はんと)欲すの方がいいかな、と思いました。この語順は漢文の悪癖で、因果関係と語順が逆になっている表現はよく見ます。ただ、これをやると嫌がる人もいます。個人的にはあんまり違和感ないけどなあ。文法的にもおかしくないはずだし。()はなかなかの悪文なので、省いてもいっか、って感じで。省いても意味は変わりませんしね。【再返信】そして上から素直に読んでいった結果、日本語として変なところが出るこれは本当にそうで、事後に記述しているから御当人は違和感がないんでしょうけど、記事ではじめて接する側としては、「待て待て」ってなります。この因果関係と前後関係への無頓着さが、「東洋的停滞」の原因なのでは?とか勘繰りたくなります。和文は意外にその辺はキッチリしている印象なのですが、量が足りないから印象止まりですね。しかし、ハオハオとは。。。宋代の史料でも白話表現が入ってくるんですね。意外の感がありました。
作者からの返信
ああ、本当ですね。語弊があるので改めます。ありがとうございます!「、」の位置で文章のニュアンスが変わることは多々、「請」「欲」の係り方がスマートに書き下せないことも多々。個人的には、可能な限り「下から上へ」のアクロバティックな返り方を避けるほうが好みです。(そして上から素直に読んでいった結果、日本語として変なところが出る)この文、「請」か「欲」か、片方だけでもよかったんじゃないでしょうか。>趙萬年氏【再返信】一文字「好」だけなら「よろしい」の意味に読めるから、最初は二文字を「よしよし」にしていたのですが、それはそれで何か違和感があり……やっぱりハオハオだと思うんです。中国人が句読点を打ったテキストを参照すると、2種類ともそうなっていましたし。元代に入ると、白話とモンゴル語のミックスで凄いことになるんですけれども。もはや漢文と呼んでいいのか? というレベルです。「待て待て、今、なんかいきなり主語変わったろ?」みたいなこともありますね。隠れ受動態とか、隠れ使役形とか。時制や因果関係、無頓着ですよね。「ニュアンスから空気読め!」みたいなノリがあって、テレパシーを受信できないときはさんざん苦労します。和文は、研究としては行政系の書簡や裁判文書みたいな定型文しか読んだことがないんですが、高校時代の古文で平安時代の恋愛小説が全然わからなかったことを思い出しました。あそこまで古い文章だと、いろいろジャンプしていきなり結論だったりしますね。時代が下れば、苦手な恋愛ものでももっと読みやすい文章なんでしょうか。
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他の人の訓読を読むのは楽しいですね、
完顏相公、招撫して打話するを請はんと欲す
この場合、招撫するために打話しようと誘っていると思うのですが、訓読は招撫してから打話しようと誘っているように読めてしまいます。
完顏相公、招撫するに打話せんと(請はんと)欲す
の方がいいかな、と思いました。
この語順は漢文の悪癖で、因果関係と
語順が逆になっている表現はよく見ます。
ただ、これをやると嫌がる人もいます。
個人的にはあんまり違和感ないけどなあ。
文法的にもおかしくないはずだし。
()はなかなかの悪文なので、省いても
いっか、って感じで。
省いても意味は変わりませんしね。
【再返信】
そして上から素直に読んでいった結果、日本語として変なところが出る
これは本当にそうで、事後に記述しているから御当人は違和感がないんでしょうけど、記事ではじめて接する側としては、「待て待て」ってなります。
この因果関係と前後関係への無頓着さが、「東洋的停滞」の原因なのでは?とか勘繰りたくなります。
和文は意外にその辺はキッチリしている印象なのですが、量が足りないから印象止まりですね。
しかし、ハオハオとは。。。宋代の史料でも白話表現が入ってくるんですね。意外の感がありました。
作者からの返信
ああ、本当ですね。
語弊があるので改めます。
ありがとうございます!
「、」の位置で文章のニュアンスが変わることは多々、「請」「欲」の係り方がスマートに書き下せないことも多々。
個人的には、可能な限り「下から上へ」のアクロバティックな返り方を避けるほうが好みです。
(そして上から素直に読んでいった結果、日本語として変なところが出る)
この文、「請」か「欲」か、片方だけでもよかったんじゃないでしょうか。>趙萬年氏
【再返信】
一文字「好」だけなら「よろしい」の意味に読めるから、最初は二文字を「よしよし」にしていたのですが、それはそれで何か違和感があり……やっぱりハオハオだと思うんです。中国人が句読点を打ったテキストを参照すると、2種類ともそうなっていましたし。
元代に入ると、白話とモンゴル語のミックスで凄いことになるんですけれども。もはや漢文と呼んでいいのか? というレベルです。
「待て待て、今、なんかいきなり主語変わったろ?」みたいなこともありますね。隠れ受動態とか、隠れ使役形とか。
時制や因果関係、無頓着ですよね。「ニュアンスから空気読め!」みたいなノリがあって、テレパシーを受信できないときはさんざん苦労します。
和文は、研究としては行政系の書簡や裁判文書みたいな定型文しか読んだことがないんですが、高校時代の古文で平安時代の恋愛小説が全然わからなかったことを思い出しました。あそこまで古い文章だと、いろいろジャンプしていきなり結論だったりしますね。
時代が下れば、苦手な恋愛ものでももっと読みやすい文章なんでしょうか。