セイメイ湖(3)
「コウ様!」
水面に顔を出すと、真っ先にシュウの叫び声が飛んできた。岸まで泳ぐ。そして一度陸に上がる。
「コウ様!」
シュウは泣いている。
「コウ!どうだった?大丈夫か?」
トワイライトも珍しく心配気な表情を見せている。
コウはそんな彼らを見つめるとあえて微笑んでみせた。
「うん、大丈夫。今回は様子見だけしてきたけど、シリウスはこの目で見てきたよ。次はちゃんと獲ってくるから」
そう言いながらゴーグルを取って、ウエットスーツの頭の部分を脱ぎ、タオルで顔をぬぐう。
周りにはいつの間にか青い猫たちのギャラリーができていて、にわかに騒がしくなっていることに驚いた。
「あれ、ずいぶんにぎやかになっちゃったね。嫌だなぁ、注目されるのは苦手なんだよなぁ」
「何言ってんのー、コウちゃんはこの村の猫たちからしても救世主なのよー」
ウオッチはおどける調子でコウのつぶやきに答えた。こちらの表情から、一回目の潜水で何か手応えをつかんだような様子を感じ取っているのかもしれない。
「それよりもウオッチ君。全然十五メートルなんてもんじゃないじゃない!三十メートル以上はあるよ」
半分本気、半分冗談でクレームをつける。
「はははー、ごめんごめん。そんなに深いんだね。すまなかったっすー、でもコウちゃん、いけそうじゃない?自信あり気な表情してるよ」
とウオッチ。トワイライトも、
「本当、すごいよなコウ。なかなか浮かんでこないからさ、一体いつまで潜ってんだと思ったよ。人間ってのもやるもんだな。シュウなんかもう泣いちゃって泣いちゃって。パニック状態だったからな」
と潜水時間の長さに驚いているようだった。
「ま、多少はね、得意だから。人間の中でも泳ぎは得意なほうだと思うし、深く潜るのは初めてだけど意外といけるかもって思った」
「何が、多少はねだよ。調子いいじゃんコウ!」
「ふふ、トワイライト、これが終わったら目一杯いじめてやるから覚悟しときなよ。誰が一番お調子者なのか思い知らせてやるからな」
「キャー、コウ様こわーい」
トワイライトとの掛け合いにも余裕がある。飛び込む前とは大違いだ。
涙目のシュウも安心からかひょじょうがほぐれる。それでも心配気な声色は変わらず、
「コウ様、本当にご無理なさらず。少し休まれてから行ってくださいませ」
と気遣う。しかし、これには首を縦には振らない。
「ありがとうコウ、でも体力的にはまだまだ大丈夫。それより身体が冷えてしまうことのほうが怖いから。なんとか次で引き上げるよ。結構重いのが心配なんだけどね」
「そう、ですか。コウ様がそうおっしゃるなら。どうかお気をつけてくださいませ。何から何まで任せきりで申し訳ございません」
祈るように両手を合わせ頭を下げるシュウ。
「よし、じゃあ行ってくるよ」
短い休憩を挟んで、早くも二度目の潜水に行く構えを見せる。シュウにも言ったように体を冷やしたくないという思いもあった。実際セイメイ湖の水はそれなりに冷たい。シェルストレームは博士の開発したこのウエットスーツがなければ裸だったのかと思うとゾッとした。
「終わったら体を温めたいのですが、何とかなりますか?」
と族長にひと言依頼をしておく。
「ああ、そうじゃな。そうじゃな。気が利かなんだ。かたじけない」
フブキ族長はそう言うと、青猫のギャラリーに向かって叫んだ。
「おーい、火じゃ!たき火を用紙してくれい」
族長の呼びかけに数匹が速やかに反応を見せる。
(なんだか仕事を増やしちゃったみたいで申し訳ないけど、ごめんなさい。風邪ひいちゃうといけないので許してください)
「族長様、ありがとうございます」
コウは素直に礼を述べると、再びセイメイ湖を向く。余計な不安や恐怖に憑りつかれる前に、さあいこう。
(次で決める)
ゆっくりと一歩を踏み出す。
再び声援、今度は星くずの民も一緒になっての大声援。こんな場面が自分の人生に起こるなんて、応援団はかわいい猫たちには違いないけれど、誰かが僕の一投足に注目している、それを自覚しながら何かに立ち向かう、そんな瞬間。
「頑張れー!」
「救世主様ー!」
「コウ様!」
「コウ!」
叫び声が背中を押す。猫たちの声に力が湧く。コウは青猫たちを見回し、そしてシュウやトワイライト、ウオッチを見てうなずくと、大きく息を吸った。
白猫ものがたり holyhori @holyhori
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