セイメイ湖(2)
ざばんっ、いつも泳いでいる学校の二十五メートルプールに飛び込むかのように、水泳部らしく綺麗なフォームで着水したコウ。飛び込んでしまってからは恐ろしいほどに冷静な自分、落ち着いた意識が瞬時に戻ってくる。
(ひー、結構冷たいや。時間との戦いだ、急がなきゃ)
酸素ボンベを背負っているわけではない。完全なる素潜りの状態。水底から発する光が道しるべ。青白い光を目標に最速最短で下降していくしかない。
(息は持つのか?何メートル先なんだあの光は)
水をかく、一心不乱に。水をかく、下降していく。無数の魚が泳いでいる。海の中にいるのかと錯覚しそうになる。
(スキューバダイビングか何かだったら楽しいんだろうけど)
水には慣れているコウ。水深五、六メートル地点、冷静に耳抜きをしながら水底を目指し潜っていく。
(まだ大丈夫。まだ息は大丈夫)
真っ直ぐに湖底に対してバタ足をゆらゆらと動かしながら、やがて十メートル、そこからさらに一メートル、二メートルと潜っていくコウだったが、依然として湖底にはたどり着いてくれない。
ようやく水面から十五メートル地点、シリウスらしき岩を初めて視界に入れることができた。
(あった!あれか?でもあと十メートルぐらい?いやもっとあるかな。まだいけるけど、どうしよう)
着水してからおそらくまだ一分経っていない。どれぐらい自分が潜っていられるのかという感覚はよくわかっている。一度目で引き上げなくてはならないわけではない。コウの中で閃くものがあった。そう何度も行ったり来たりはできないけれども・・・・。
(まずはシリウスを確認しよう)
一度目の潜水は視察、まずはシリウスのところまで行ってみる。勝負は二度目だ。そう心に決めたコウは再び深度を深めていく。
十六、十七・・・二十。
二十一、二十二・・・二十五。
学校のプールの長さと同距離だろうと思しき深さまで潜って、ようやくこのセイメイ湖の湖底が見えてくる。そして青白く輝く夜空の創造物が見えてくる。
二十六、二十七・・・・。
(何が十五メートルだよ、ウオッチ君。三十メートル以上あるって)
不思議と恐怖は消えていた。いま頭にあるのは計算。水面と湖底を速やかに折り返すイメージ。
(こ、これか?)
そしてたどり着く。湖の奥底、柔らかな青い光を放って静かにそこに在るシリウスの欠片。それは神秘的でこの世の物とは思えない魔石。幻石。奇石。不思議な猫の世界に落ちた宇宙の創造物。
コウは触れる。かすかに温かいその石に。
わずかに触れただけで、なにか得体の知れない活力が腕に伝導してくるような気がする。
(す、すごい。これがシリウス、魔断のエーテルの原石)
大きさはちょうど背負っている五、六十センチのリュックに収まりそうだが、やや細長い。トワイライトが持つ刀を作るのだとしたら丁度いい長径なのかもしれない。最も刀の作り方などよくわからなかったが。
(問題は引き上げられるかどうか。これを背負って上まで上がれるかどうか)
持ち上げようと試みる。持てないことはないが、
(うーん、やっぱ重い。軽石みたいに軽い隕石なわけはないか。でもなんとかなるかも)
これぐらいならいけるかもしれない。一度目の潜水はコウにとって、手応えを得るには十分な試みとなった。
(よし、まずは引き返そう)
浮上するコウ。さすがに息が苦しくなってきた。
下降してきたときと同じような速度で透明な湖を上がっていく。心の中で時を刻んでみる。完璧な計算ではなくても成功への感触をより確かなものにしたい。
五、六、七・・・・。
十二、十三、十四・・・・。
二十八、二十九、三十。
ざばんっ。
(片道三十秒から四十秒ってとこ。往復一分から長めに見て二分か。うん、たぶんいける)
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