11.セイメイ湖(1)
11 セイメイ湖
星くずの民の生命の源、セイメイ湖。青白く光る湖は直径が約一キロメートル。
水面を美しく透き通るブルー魅せているのは、この物語の重要な鍵を握るいつかの流星シリウス。悲劇とともに現れた隕石は退魔のエネルギーを秘めた神秘の魔石。この石の獲得のために(半ば強引に)猫の世界にいざなわれたのがこの物語の主人公である山吹光。
水泳部であるという理由だけで二、三日前には考えられなかった非日常的な体験の真っ只中にいるごく普通の高校生。きっぱりと断ることもできずに流れに身を任せているうちに、結局かわいらしい猫たちとともに星流湖という湖の湖底下の地下世界を深く深く潜ることになってしまった。
(思っていたより大きいな)
底まで見通すことは不可能だが、シリウスによってライトアップされた湖は美しき湖面からそこに息づく生物の姿をのぞくことができる。魚たちが泳いでいる。見たこともない美しい魚が美しい湖を泳いでいる。
先ほどから極度の緊張状態にあって、半ば思考停止状態のコウは、
「うひょー、きっれいだなー、うまそうな魚もたくさんいるぞー」
というトワイライトの声も届かず、じっと水面を見つめている。
「コウ様、大丈夫ですか?いよいよです。何卒よろしくお願いいたします。頑張ってください」
シュウが自分の名前を呼ぶまで茫然自失としていた。
「あ、うん、シュウ、思ってたより深そうだね。できるかな僕に」
素潜りでウニなどを獲る海女さんが十メートルから十五メートルの深さまで潜るというのはテレビで観たことがあった。しかし目の前のシリウスの湖は、果たしてそれよりも深いのではないだろうか。
シュウのために頑張ろうと心に決めたはずのコウはここにきて怖気づいてしまう。
(無理だろ、こんなの)
シェルストレーム博士の口ぶりからして勝手に五、六メートルの水深を想定していたコウは、このやたらと深そうで、そして大きな湖を前にして完全に戦意を失っている。
「コウちゃん大丈夫―?怖いのはわかるよ。初めての湖だもんね。でも安心して、ここに来るたびに釣りしてるけど危険な生き物はいなそうだから」
ウオッチの励ましは今の自分の不安や恐怖を拭い去るには少しピントがずれている。
「う、うんそうだといいんだけど。あのさセイメイ湖ってどれぐらいの深さなのかな?」
「う~ん、深さかー、まあ釣りの感覚からいって十五メートルぐらいってところだと思うけどねー、正確にはわからないよ。ごめんね。近づいていけばシリウスは見えてくると思うからー」
(少なくとも十五メートルってこと?)
「十五メートルってそんなに深く潜ったことないよ、どうしよう」
「なんだよコウ、びびってんのか?といっても、まあこれは本当にコウ頼み、ふざけてばっかもいらんねえ、頼むぜコウ!よくここまで一緒に来てくれた、もうひと踏ん張りお願いします!」
お調子者で自分をからかってばかりだったトワイライトもここにきて真剣な表情を見せている。
「トワイライト・・・・・」
猫たちの方を見て、水面を見て、猫たちを見て、水面を見て。不安気な表情を見せるコウの一挙手一投足を固唾を飲んで見守る族長を含めた四匹。不意にトワイライト、
「あ、耳抜きは忘れないようにってシェルのじっちゃんが言ってたぞ」
「う、うん」
シュウは両手を合わせ、
「コウ様、コウ様、コウ様・・・・」
祈るように自分の名前を連呼する。
「コウ!」
「コウちゃん!」
「コウ殿!」
「コウ様!」
たった四匹の応援団。
(行くしかないか)
博士が用意してくれたウエットスーツに頭から身を包み、足にはバタ足、そして中身を一度取り出し空っぽにしたはんごう型のリュックを背負ってセイメイ湖を眼下に置くコウ。
ゴーグル越しに四匹の方を見てコクリとうなずくと覚悟を決め一歩を踏み出した。踏み出した右足が震えている。全身が震えている。
「ええい!」
コウは飛び込んだ―。
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