フブキ(3)
「え?」
二匹と一人は反応して、指を差された先にあるものを目にする。ウオッチの指し示したそれはまさに族長のいう魔岩の姿に違いなかった。
巨大な半球がこの湖底下の地下集落の天井にのぞく。えぐれたように孤を描く岩肌、シェルストレームが会議で言っていたことの意味をようやく理解した。「天井に突き刺さったかのようなシリウスの半球を仰ぎ見ることができる」という言葉の意味は、シリウス自体が天井、星流湖からしたら湖底の栓をする形でそこに在るという姿のことだった。青白く光るそれは、ずっと以前からそこに存在しているかのように周りの岩肌と天井を形成していて、構造上の違和感はない。しかし、こんなに露骨に魔岩と忌むシリウスが存在するのに、セイメイ湖に落ちた欠片を除去できたとして、彼らの心情的な問題とやらは晴れるものなのだろうか。
「げげっ!でかっ!シリウスってあんなにでかいの?知らなかったー」
すぐさま反応を見せたのはトワイライトだった。
シュウも驚きの表情を見せたが、少し考え込む様子を見せたかと思うと何かを言いかけた。
「族長様、このようなことを聞いてもよろしいのかわかりませんが・・・」
と言って一度ずつフブキとシリウスと見比べた後で、
「すみません、やはりやめておきます。失礼しました」
と言った。
するとまたしてもウオッチが二の句を継ぐように間に入った。ウオッチという猫はおっとりしているようでいてどうにも勘が鋭い。
「シュウが言いたいことはわかるよー。俺も聞いたことあるしねー。魔岩って嫌ってるシリウスちゃんあんなに大々的にが見えているのにセイメイ湖に落ちた欠片なんか撤去したって気持ちがすっきりするわけでもないでしょってことが言いたいんだよね?」
「あ、はいそうです」
シュウは静かに答えた。
「あ、そっか確かになー」
と言ったのはトワイライト。
青猫フブキは楽器のような声で静かに語りだした。
「ふむ、例えばじゃシュウ君、わしらはほとんんど見ることはない太陽や月ではあるが、万が一その欠片がマタタビスタに落下し、そなたの愛する存在、仲間、家族を殺してしまったとする。その落下物がセイメイ湖の魔岩、そしてあれがそなたにとっての太陽や月というわけじゃ」
そう言って老猫は天井を仰ぎ見た。
「多少は理解していただけるかな?その仮定の話の中でいけば、そなたも落ちてきた太陽や月の欠片を忌み嫌い、ただちにどこかへ放るか、恨み叩き割るに違いない。しかし上空にある太陽を退けることができようか。当然、突然降ってきた隕石と太陽とでは元々この地球環境においての重要性は異なるがの。何百年もこの地下世界で生きてきた我々一族にとって、あれが為に移り住むということも容易ではないこと、そしてあの天井こそが我々の空ということでもありますのじゃ」
語りながらフブキ族長は、おそらく何度かウオッチやシェルストレームをはじめ外部の猫に語っているであろうその話に節がついて止まらなくなりそうな雰囲気になっている。
「はいはいはいー、ストップー。族長語りだすと長いんだってば。まあ俺っちが火をつけちゃったのか。まあ何となくわかったでしょー?」
ウオッチがこう言って締めくくりを試みなければどこまでも語り続けたに違いない。
「あ、はい。ご説明ありがとうございました」
シュウはペコリと頭を下げる。
「フォッホッホッホ、いやいや、あの魔岩の姿が星くず族にとっての厄災、犠牲になった者の無念を一つの墓標としていつでも思い起こさせてくれる。日々忘れがちな当たり前に生きていることへの感謝の心もですな。ただできることなら生活用水として用いているセイメイ湖の水にはシリウスは感じたくないものでしてな」
コウも感じた違和感については、フブキ族長の語った太陽と月の話で何となく腑に落ちた。
「それにしてもウオッチは相変わらず、手厳しいのー、フォッホッホッホ」
族長は小さな目をさらにぎゅっと握りしめたように細めて笑った。
「ま、付き合い長いしさー、族長と俺っちの仲だから許してよー」
ウオッチも笑っている。
族長との対話を経て、セイメイ湖に向かう。
途中、行きかけてトワイライトが「そういえばコウ、ウエットスーツに着替えなきゃじゃん」と言うので、族長の家の中で召し替えていま猫四匹と緊張感が最高潮に達しガチガチになり始めたコウはいよいよ青白く幻想的に光る水面をその眼前のわすか先に捉える。
二段目の階層で一心不乱に作業をしている星くずの民たちは一体何をしているのかとトワイライトが尋ね、野菜を育てているという回答を得たのだが、もはや会話もほとんど耳に入らない。耳に入っても頭が理解しない。いわば思考停止状態。
そして立つ、湖底下の地底湖の縁。もう引き返すことのできない飛び込み台の上。
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