フブキ(2)
着地点から、ぐるりと時計回りに三段階層の一番上の階層をゆっくりと歩いていくウオッチ、トワイライト、シュウ、そしてコウ。着地点が時計の文字盤に例えて十二時の位置だとしたら反対側の六時ぐらいの位置に一段大きい藁ぶきの営造物があった。
時折、星くずの民とすれ違ったがこちらに近づいてきたり話しかけてくる猫はいなかった。かといって敵対的オーラを感じるわけではないのだが、それは星流湖探索班のウオッチと一緒だからかもしれない。彼が言っていたように「警戒心が強い」というのは本当なのかもしれない。ホノオとスノウは別だったが・・・。
「ここが族長のお家よー、ちょっと待ってね」
周りのものに比べると大きな造りのそれが族長の家らしかった。ウオッチは二匹と一人を残し中へと入っていった。ほどなくして、一匹の年老いた猫が現れる。
「これはこれはようこそおいでくださった。大変な道のりでしたじゃろう?」
にゃんこ先生、スピカ・ゼニス・ラマラウほどではないがかなりの高齢に見えるその猫はまず、ここまでの道程の労苦をねぎらった。
「大変も何も、最高に面白かったですよ!」
すぐさま反応したのはトワイライト、大冒険を終えてきた探検家のように得意げな様子だ。
「ちょっとトワ、あなたに聞いてないでしょ」
とシュウ。ペコリと頭を下げると自己紹介をした。
「初めまして族長様、シュウと申します。こちらはトワイライト。生意気を言いまして申し訳ございません」
「ふぉっほっほっほ」
どこかで聞いたことがあるような笑い方で族長は愉快そうに応じる。
「聞いておりますぞ、キュウの妹さんだということですな。キュウは元気かな?」
一瞬、シュウの表情に困惑の色が差した。すぐにウオッチが間に入る。
「族長、それがさー、キュウの姉ちゃん誘拐されちゃったんだよ。あの《死神》の一味にさー」
「なに?誘拐とな!」
穏やかな長老猫の様子が一変する。
「それはそれは、不躾なことを聞いてしまったの。かたじけない」
族長は頭を下げた。
「いえ、姉は、大丈夫だと思います。強い心を持っていますから。それに姉ではなく技術の強奪という意味での誘拐に違いありません。望みはまだあるはずです」
シュウは静かに、しかしながらはっきりとした口調で答える。
「うむ、うむ。そうじゃな、さすがキュウの妹じゃ。私はフブキという。この星くずの村を代表する者ですじゃ、以後よろしく」
ここで初めてフブキ族長は自己紹介をした。
「よろしくお願いします」
シュウとトワイライトは同時に頭を下げる。コウも慌てて会釈をした。
「ウオッチ、こちらが?」
フブキ族長は、その開いているのか閉じているのかわからない双眸をこちらに向けた。
「そうそう、彼がコウちゃんね、救世主様のコウ」
ウオッチが自分を紹介する。
「初めまして、よろしくお願いします」
シュウやトワイライトにならって挨拶をする。
「コウ殿、この度はようこそおいで下さった。異質な世界で、理解しがたき事象にも触れ、さぞや大変な気苦労をされたことでございましょう。この度は何卒よろしくお願い申し上げまする」
族長フブキはそう言って恭しく頭を下げた。
「あ、いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」
「セイメイ湖は文字通り我々星くず族にとって生命の源、忌まわしきシリウスをどうか、どうか」
生きてきた時間の長さが声帯を削ったのか、それとも元からそういう声質なのかはわからないが、フブキ族長の声はひどく枯れている。その小さな老体の奥底から鳴り響く特殊な楽器のような声で頼まれたコウは恐縮した。
返す言葉に一瞬詰まったコウに代わって、
「シリウスは悪い石じゃないんだってば」
とウオッチが間に入る。
「それはわかっておる。博士も研究の成果が出て、さんざんそのことについては語っておった」
博士というのがシェルストレームのことを指すのだということはすぐに分かった。
青い猫は続ける。
「しかし、問題の本質はそこではないのだ。同胞をあの日、、無残にも多数失ってしまった。我々にとってシリウスは悪の元凶、憎むべき存在以外の何物でもなき魔岩。これは理ではないのじゃ。心情的問題なのじゃ」
言いながらフブキ族長は遠くを見つめた。
「わかった、わかったよー。いつものくだりね。まっコウちゃんもサクッと終わらせたいだろうしね。さっさと行きますか」
その話はもう聞き飽きたと言わんばかりのウオッチは半ばあしらうように族長との会話を切ったが、この二匹の間にはしっかりとした信頼関係が結ばれていることをコウは感覚的に理解した。
「あー、そういえばトワっちも、シュウも見たことないんだよな」
とウオッチは唐突にある一点を指差した。
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