10.フブキ(1)

   10   フブキ




「まずは族長のとこに挨拶に行ってからだねー、コウちゃん大丈夫?ゆっくりでいいからね」


「うん、もう大丈夫だよウオッチ君、僕は何ともない。さあ行こう」


ゆっくりとうなずくウオッチに導かれ、いよいよ集落の中へと踏み入っていく。何度も訪れているウオッチに当然緊張感はなく、相変わらずおっとりとした様子でご機嫌に鼻歌交じりで歩いているのだが、コウは反対に緊張感が高まっていくのを抑えられない。視界には常に青く煌めく湖がいやおうなしに入ってくる。思っていたよりも大きなそれは全く自分を歓迎しているようには見えない。そんな不安でいっぱいの自分の気持ちをよそにオッドアイの白猫剣士は、


「あれがセイメイ湖かー、神秘的って感じだな。コウいよいよだな、頼むぜ!」

などと快活なトーンで話しかけてくる。


「あ、ああ思ったより大きいんだなと思った。大丈夫かな、すっごく不安なんだけど」


「だーいじょぶだって!得意なんだろ泳ぐの。コウだったらちょちょいのちょいだって」


とトワイライトは意に介さない。


「そりゃ水泳は得意な方だけどさ、泳ぐのと深く潜っていくのはまた少し別物だと思うけどな」


「コウ様、無理を申しましてすみません。何卒、何卒よろしくお願いいたします」


シュウはがさつなトワイライトとは違って、こちらの感情の機微を読み取り心に寄り添ってくる。


「うん、大丈夫だよ。頑張ってみる、ちょちょいのちょいだよ」


(そうだ、今日はこの子のために頑張ろうと誓ったんだ。この子のお姉ちゃんを助けるために)


「何だよコウ、俺に言ってることと違うじゃねぇか、シュウには甘いんだからなもう」


とふざけた調子のトワイライト。彼の素地に染みついている明るさにも救われている部分はあるのかもしれない。


(彼らが僕の世界にも居てくれたら楽しいのにな)


ふとそんなことを思った。



 円周状に三段階になっている星くずの民の集落。一番高い部分、つまり三段目には藁ぶきの住居のようなものが立ち並ぶ。そして二段目の階層には多くの猫の住民がいて、何か一心不乱に作業をしている。彼らは一体何をしているのだろう。こちらに気づく者はいない。みな一様に顔も体もホノオやスノウと同じ美しい青毛だった。

 村全体は暗闇トンネルとは異なり明るい。当然太陽光など届かないが、村全体に灯篭が設置されていて火の明かりが彼らの生活する地下社会を赤く照らす。

 そして一段目には青白く光るセイメイ湖。様々なことに驚きすぎてもはや驚きの感度が落ちてしまっていることを自覚しているコウだったが、この不思議な地下世界も本来の感覚でいくとかなり異質な光景を目の当たりにしているに違いない。そう思いなおそうとしているような自分がいる。

 そしてこの赤と青、橙と青の幻想的で美しいコントラストに神秘性を感じて感動してしまっている自分も確かに存在している。


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