星流湖スライダー(2)

(もうだめ)


もはや完全に視界をシャットアウトし、目を閉じてしまったコウ。


 その刹那、ふわりと身体が浮いた。突如空中に投げ出される。カッと目を見開く。一瞬何が起きたのかわからなかったが、すぐに事態を把握する。連綿と、むしろ永遠に続くかとすら思われた大滑り台の終着点。


(浮いてる)


 落ちる。シュウはコウの身体に抱きついたまま、前のめりに空中で回転し、このままではコウの下敷きになってしまうという体勢。


「シュウ!」


咄嗟に身体をねじり、シュウを抱き寄せるようにして自分のお腹の側に白猫を回し、抱きかかえる。必然、背中から落ちる形となる。

 ドスンッと音がして地面に叩きつけられたコウ。


「う、うう」


(痛い!い、息が苦しい)


「コウ様!コウ様!」


「う、うぅ、イテテテテ」


声にならない声でうめきながら、仰向けに倒れたままのコウ。


「コウ様!コウ様!」


叫ぶ白猫。


 先に着地していた猫たちも駆け寄ってくる。


「お、おい大丈夫かコウ」


のぞきこむようにトワイライト。


「コウちゃん?コウちゃん?大丈夫?」


ウオッチも心配そうに見つめる。


 仰向けのまま、自分が落ちてきた穴、滑り台の終着点がぼんやりと視界に入る。岩壁に開いたその穴は地上から少なくとも三、四メートルの高さにあった。


(そりゃ無理だって)


「コウ様!コウ様!コウ様は私が下敷きにならないようにと、うぅ、申しわけございません!申しわけございません!」


泣きながら謝るシュウ。


「うぅ、シュウ。大丈夫。ケガはないよ。ごめん、少し待って、このまま」

 尋常ではないコウの様子を見て、青猫コンビも心配そうに見つめている。


「大丈夫?ニンゲンさん」


想定と異なる事態に動揺する二匹、ニンゲンというのはどうやら本当にどんくさい生き物だったらしい。


「失敗したかな」


スノウがつぶやく。


「コウちゃんごめんねー、読みが甘かったね。スーパーショートカットっていうからつい」


ウオッチは申し訳なさそうにしている。





「う、うん大丈夫。ちょっと待ってね、よっと」



呼吸も落ち着き始めたので上半身を起こしてみる。

自分が寝ていた地面は柔らかな土の上だった。これが硬い岩なんかだったらと思うとゾッとするが、幸いケガはないようだ。背中が少し痛むけれど。


「猫の身体能力と一緒にされてもさ。シュウは大丈夫?」


言いながらゆっくりと立ち上がろうと試みる。よろめきながらも何とか二つの足で直立することができた。


「私は全然大丈夫です。本当に申し訳ございません」


泣きながら謝るシュウ、


「シュウのせいじゃないよ。気にしないで。あー怖かった。でも面白かったね」

心配させまいとシュウの頭を撫でる。本心でもない感想を述べる。


「ほーんとかよコウ。んじゃ、シリウス採ったらまたやろうぜ!」


トワイライトは目を輝かせる。


「うっそー、あんなの二度とやるもんか。本当に死ぬかと思ったよ」


「はははは、まあそうだよな、あのださい着地の仕方じゃな」


「こいつまた、このやろうー、どこまでも馬鹿にしやがってー」


またもトワイライトを羽交い絞めにする。


「イヒヒヒヒ、まあでも無事でよかったよ」


様子を見ていたウオッチも胸を撫でおろした雰囲気で青猫コンビニ話しかける。


「あー、よかったコウちゃん。ホノオ、スノウ、あのコースはちょっと無理があったみたいね」


二匹も少し反省した様子ではあるが、


「ごめんウオッチ兄ちゃん、ニンゲンさんが本当にあんなにどんくさいって思わなかったから」


と返答には毒気が抜けない。


(まったくもう、傷口に塩ってコメントだな)


悪気は全くないのだろうけれども。


 星くず族の仲良しコンビは、事の収束を見ると早くも、


「ほんじゃ、オイラたちはまた行ってくるね!」


「ふんふん、またね!ニンゲンさん!セイメイ湖はあっちよ、頑張ってねー」


などと言い残して一目散に立ち去ってしまった。彼らは一日中この湖底下の地下迷宮で遊び回っているのかもしれない。



「あっちよ」といわれた方向には星くずの民の集落が広がっていた。星流湖スライダーの着地点は、この集落においては小高い丘のような場所にあり、村の全景を眺めることができた。地下世界の民族の村など想像だにしていなかったが、「割と広い」と思った。三、四キロ?いや下手したら五キロ四方はあるのではないか?

 集落は円形になっていて大きな円心が三段積みあがった地形となっている。

 そして、見える。中央部に。青白く水面を輝かせるそれらしきものが。あれがセイメイ湖に違いない。

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