9.星流湖スライダー(1)

「ひゃっほーい、サーイコウー!」


 前方で狂喜のおたけびを上げているのはトワイライト。その後方から今にも恐怖で失神してしまいそうになりながら、必死で意識をつないでいるコウ、そしてそのコウの背中にぴたりとくっつきベルトをがっちりとつかんでいるのがシュウ。


「キャー」


「う、うわー」


同時に悲鳴を上げる。


(し、死んでしまう)


 ホノオとスノウが特別に教えるといったスーパーショートカットコースは、この暗闇トンネルを知り尽くした彼らの遊び場であり、天然の滑り台だった。滑り台なんて生易しいものではない、下手をするとオリンピックで見たことがあるボブスレーという氷上のそり競技をも凌ぐのではないかと思わるほどの大滑り台、暗闇の大滑り台だった。


 ウオッチが貸してくれた手持ちの懐中電灯はあきらめ、頭にヘッドライトを巻いてのぞむ命がけのウォータースライダー。まさに天然の大絶叫系アトラクション、危険な危険な星流湖スライダーをトワイライトはウオッチとペアを組み、自分はシュウとのペアで滑ることになった。


 全長も全景もわからないくせに、スタート地点の角度は異様な急斜面から始まるその滑り台はどこからか湧き水でも流れているのか、わずかに湿っていて、


「これ敷いた方がいいよ」


とホノオに渡された大きな葉っぱをそり代わりに使い滑っていくというものらしい。

 そのスタート付近の岩陰に巨大な葉っぱを何枚も大切にしまいこむように忍ばせていたホノオとスノウは


「楽しいよー、すぐ終わっちゃうけどね。最後はちょっとドスンって感じだから気を付けてね。ほんじゃまた!」


「ほんじゃまた!」


というと僕らを残してさっさと行ってしまった。


「ひっひー」


「ふっふー」


と愉快そうに叫びながら、洞窟内にこだまする残響とともに消えてしまった。

 残された三匹と一人。


「二匹乗りっぽいねー。重さのバランスから考えて俺っちとトワっち、コウちゃんとシュウのペアがいい感じかなー?」


ウオッチは特にこの絶叫系滑り台に何の抵抗も見せず、ペア組をすかさず決める。


「いいね、いいね、よーしさっさといこうぜ!」


トワイライトも行く気満々という様子でオッドアイを輝かせた。


「ちょちょちょっと待ってよ、無理だってこんなの。彼らは慣れてるんだよ。いきなりこんな先も見えない滑り台になんて飛び込めないよ!」


と本音をぶつけるも、


「あー、出た出たコウのびびり虫。だーいじょぶだって、死にはしないって」


とトワイライトはとりあわないので、すがるようにシュウを見つめ、


「シュウは?シュウは怖いよね?」


と聞く。しかし結局、


「はい、怖いです。でも彼らが言うようにコウ様の体力を考えると少しでも楽に早くセイメイ湖にたどり着いたほうがいいというのはうなずけます。だから、大丈夫です。私、頑張ります!コウ様と一緒なら安心です」


と決意に満ちた回答で返され、行かざるを得ないとあきらめるしか他になくなってしまった。


 ただただ暗闇を物凄い速度で下降していく。

 時折、うねるようにカーブする天然のボブスレーコースを葉っぱ一枚をそり代わりに。

 失神しそうになりながら、脳裏によぎるのは後悔の念、強い強い後悔の念。単なる好奇心から夜の魔刀神社に佇む猫を追いかけてしまったこと、その情景が浮かぶ。いい人ぶって、彼らの依頼を受け入れてしまったこと。にゃんこ先生とトワイライトに初めて出会った部屋。その直前にバル・カンさんにご馳走になったとてつもなくおいしいご飯、僕を見て救世主様と呼んだ猫たち―。


「すぐ終わっちゃうけどね」とホノオは言ったが、うねり急下降、うねり急下降を繰り返しながら一向にゴールの見えてこない暗闇スライダー。本当に怖いと悲鳴すら出なくなるのだということを初めて知った。生き死にの狭間にいる感覚の中で、気を失いそうになる感覚の中で、この世界に来てからの色々な出来事が走馬灯のように胸に浮かび上がってくる。


 必死に葉っぱの茎を持って、幾度もの蛇行を繰り返した後で、悲鳴を上げ続けるシュウと、もはや目を開けているのか閉じているのかもわからないコウは吹き飛んでしまいそうな意識の片隅で、真っ直ぐな急坂を下降している感覚を知覚する。

 うむをいわさずぐんぐんと加速していく一人と一匹。


「キャー、コウ様、キャー」


シュウの叫び声。


「う、うぅ、う、うぅ」


もはや大きな声も出ず、のど元にせり上がる恐怖を必死でかみ殺しているコウ。頬を涙が伝う。

 

 加速するそり、止まらない。

 加速するそり、止まらない。

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