囚われの究(2)

 それから数時間を私はそのダルドレイの砦で過ごした。当然監禁状態で。そしてまたディナスティアに連れられ、灰色の雲での高速飛行が始まった。休憩時間を与えたということだったのだろうか?


 シャドーは雲には乗らなかった。ディナスティアと私の二匹だけで上空を移動する。ダルドレイの砦は彼らの拠点の一つなのだろうか。

 私は紫頭巾の子供猫に幾度も話しかけたが、抜け目のないキャラクターなのか、余計なことを話すなと釘をさされているのか、


「にゃはははは、ごめんにゃさいね」


と言うだけで会話にはならなかった。


 やがて彼らの本拠地へと到着する。ダルドレイからは一時間程度だったとは思うが、陸路、海路を経て来ていたのでは当然一日、二日で着くような距離ではない。この高速の移動力だけでも脅威に値するななどと思いながら、日も落ちかけている薄暮の情景は一層気持ちを沈ませた。


 初めて間近に対面するフジは、薄暗い時間でもその巨大な姿をまざまざと見せつけるように海の上に浮かんでいた。陰々いんいんたるまがまがしさが漂う悪魔の拠点“フジ“。神々しく聖なる存在であるべきはずの御山にそのような雰囲気が漂うのは、いつの頃からか《死神》の一味が棲みついたからだろう。

 頂上付近からぐるりと旋回して岩肌を横目に灰色の雲を操縦するディナスティア。


「ふー、やっと着いた。長旅お疲れ様でした」


子供猫はそう言って、フジの山肌にポッカリと空いた穴から滑り込むように内部へと入っていった。狭い通路を相変わらずの物凄い速度で進んでいったのち、たどり着いたのはフジの山の中に広がる《死神》の王国だった。


 王国と言っても、住んでいる猫たちでにぎわって活気に満ち溢れた生命の息吹あふれる都市といった様相ではない。

 得体の知れない建物が立ち並び、まるで意思などないかのような、生気の抜け落ちてしまったかのような猫たちがポツリポツリと建物の間を歩いている姿が見えた。はっきりと間近で見たわけではないが、それらの猫は黒猫というわけでもなく、異形いぎょうのものでもないように思われた。


 暗然あんぜんたる街(街というよりは巨大な研究施設といった様相だったが)からは希望を断たれた猫たちの魂の叫びが聞こえてくるような気がして胸苦しい気分を覚えた。

 

 キュウはまだことのき、自身がこの絶望の街を生き抜いていかなければならないことになるなど知りもしなかった。







「ぐわぁっはっはっはっは、ノースアルプ育ちの平和ボケ娘にはわからぬであろう」


漆黒の王、《死神》のクロはいかずちのような大声でキュウを嘲笑った。


「支配を求めておるのだ。強い王を民衆は求めておるのだ。ブレーメンも、ウォルナットもな。

喜んで新たな王を迎えたのだ。このクロ様をな」


 圧倒的に不利な状況、絶望的ともいえる四面楚歌の状況においてもキュウはひるまない。


「喜んでなんて嘘よ!異形の暗黒魔術で脅して乗っ取って痛みも悲しみもわからない操り人形にしただけじゃない!」


「ぐわぁっはっはっはっは、痛みも悲しみも取り除いてやったのじゃ。感謝はされても恨まれる筋合いはなかろう」


「何を偽善者ぶってるの!生きる喜びそのものを抜き取って、意思なき無情の生命体を作り出しているだけじゃない!」


「ぐわぁっはっはっはっは、ほう、エーテルなどという兵器を正義と振りかざす偽善者はどちらかな?お主らが正義なら我々は悪党というのが正論だと思っておる」


(何を言っても無駄、ということね)


「わかったわ。まずはあなたの、あなた方の望みを聞きましょう、話はそれからね」


「ぐわぁっはっはっはっは、さすが物分かりの良い娘じゃ」


クロは満足気にうなづいた。

 

それにしてもクロを取り巻く黒猫たちの異様な存在感、あのシャドーよりも強大な力を持つ者たちなのだろうか?邪悪なるオーラを発しながら微動だにせずに佇んでいる。ほとんどの猫がこちらを見てもいない中で、相変わらずディナスティアはにやにやと薄笑いを浮かべたまま双眸をこちらに向けている。

 クロはうなずきの後で不意に、


「タイヨウシン様!」


といかずちが同時に二つ落ちたかのような声で誰かを呼んだ。


 するとディナスティアの後方辺りからぬらりと猫たちの垣根を縫うように現れた一人。そう一人。


 キュウは自分の目を疑った。驚嘆に絶句する。


(こ、これは一体どういうこと?)


 目の前に現れたのは間違いなく人間だった。

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