幕間f

「目的地まで北西に十キロの地点。どうする姐御、殴り込みか?」


 アルファ・ジールがカーナビを操作しながらそう言った。


 想定よりも酷い雪深さで予定していた到着よりだいぶ遅れてしまった。この地方の雪は水分が多い。深みに嵌るとすぐタイヤを取られて数時間はあっと言う間に無駄になってしまう。


「アンルーヴの町の実態は知っている?」


 スキットルに入れていたコーヒーを飲みながら彼が言った。


「いや、この辺りじゃ比較的新興の町だし、戦線が遠ざかってから噂もあまり聞かないな」


「噂?」


「目の周りが黒く塗り潰されたパンダみたいな青い魔女がいる、ってやつだ。笑えるだろ。御伽噺だと思うが」


 パンダみたいな、青い魔女──イェクが戻って来た時も似たような事を喋っていた記憶がある。目の周りが黒い、青いクロークを身に纏って人を避けながら暮らしている少女。そうか、イェクが助けられた女の子とやらはこの町の娘だったのか。もう五十年以上前の話、女の子はとっくに死んでいるはずだ。だが、あのイェクをさっぱり改心させちまった町に違いはない。


 さぞ、魅力的な場所だったのだろう。


「……アルファ・ジール、旅人りょじんを装って偵察してきてちょうだい」


「あいよ。この町にいてくれりゃいいんだがな」


 あたしは心の中で頷いた。さっさと見つけ出して相応の報いを受けてもらわなきゃならない。


 すると直後、運転席の窓が二度強く叩かれた。後部で待機している筈の仲間のひとりが必死の形相で何か喚いていた。窓を開けると咳き込みながら言った。


「大変だ姐御ぉっ! 仲間が……仲間が全員……!」


 最後まで聞き終わる前にあたしは飛び出した。トラック後部の荷台まで駆け様子を確認すると、仲間たちが全員ぶっ倒れていた。彼らの中心にあるのは──火の点いた七輪。東方での活動の際に見つけた代物だった。


「あっ、姐御! すまねえ、あんまり寒かったから荷台閉めて暖取ってたらよ、いつの間にか皆気い失ってんだ。運良くおれだけ気が付いて何とか駆け付けたんだが……」


 後ろからそんな風に言う仲間の声。横にいるアルファ・ジールもこれには呆れる他無いのか苦笑いを漏らしていた。


「お前らちょっと脳味噌ってもん使った方がいいぜ」


「は? 何言ってんだアルファ? 脳味噌使って暖取ろうとしたじゃねえか」


「……」本当にこの馬鹿共は、つくづく馬鹿としか言い様が無い。困った奴らだよ。


「ったくさっさと助けてやんねえとな。……クソっ、また野郎同士の人工呼吸かよ……」


「気を失っているだけだといいわね。アルファ・ジール、アナタは先に行ってちょうだい」


「おっ、さすが気が利くねえ姐御」


 野郎同士は回避っと……などと呟きながらそそくさと荷台から降りる彼。あたしはぶっ倒れている仲間を見た。ほとんど白目を剥いている。


 どうやら殴り込みはもう少し先の話になりそうだ。

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