Ⅱ-15 許されたい二律背反

 ラスカシェロスへの道中は災難も事件も無く、途中で馬の休息を挟みつつ、三日ほど掛けて着いたのは夕刻だった。


 茶と黒の二頭の馬には往路一週間分の食糧を搭載していて、わたしとギヨームさんはそれを調理して食べていたけど、エルネスティーはいつも紅茶だけ。それに気付いたギヨームさんが不思議に思って訊ねてきた事があった。


「エルネスティー様はいつも紅茶のみでお食事を済まされていますが、お口に合いませんでしたか」


「ううん。病気のせいで食べられないんだって。食べられるのは流動食か飲み物だけ」


「それはまた、お気の毒にございます」


「ありがとう。その気持ちがあるだけでも多分エルネスティーは嬉しいと思うよ」


「左様でございますか」


 次の日、馬車を寄せて降りたのは街の入口にあたる錆びれ朽ち果てた門だった。『ようこそラスカシェロスへ』なんて書かれているのだろうか。アーチ状に門を飾っている看板は普段わたしたちが使っている文字と同じものが使われているようだけど、使い方が違うらしい。単語など並びが異なり、断片的にしか読み取れない。


 わたしはそれを見てエルネスティーに訊ねた。


「ラスカシェロスってどんな街だったの」


 荷物の整理をしながら彼女が答える。


「ラスカシェロスは海の向こうにあったリゾート都市を真似して造られた場所よ。戦争の前まではこの大陸きっての娯楽都市で繁栄を極めていたけれど、混乱の中で武器や富の強奪が繰り返されて、今は見ての通りがらんどう。たびたび民兵や武装集団の取引場所として使われると聞いた事がある」


「あ、それ確かに聞いた事ある」


「書庫に昔のギャンブル雑誌があったでしょ。それに目を通したんだわ」


「そっか」


 ギヨームさんと馬車を安全そうな場所で待たせておき、わたしはいつものように弾薬帯を腰に巻きつけライフルと道具の入った背嚢を背負う。エルネスティーは背嚢に分厚い医学書を数冊詰めて、マッテオ記念病院へと歩を進ませる事にした。


 瓦礫と埃だらけの廃都市を歩きながら、この感じのする場所に来たような、とぼんやり思っていた。それもごく最近だ。ごく最近、非常によく似た風景の場所に足を踏み入れた記憶がある。


 ふと、右脚の力がふっと抜け、もつれるような歩き方になった。


「どうしたの」


「急に足の力が抜けて。ごめん、何でもないよ」


 そんなやり取りをして、気を取り直したわたしたちは再び歩き始めた。


 マッテオ記念病院はクランの情報の通り、ちょうどラスカシェロス市街の中心辺りに位置していた。高く頑丈そうなコンクリート壁は他の瓦礫と違って崩れ落ちてはおらず、まだ超然とそびえ立っている。壁越しでも見える高層建ての病院はまるで摩天楼。幸い門だけは経年劣化で錆つき倒れており、敷地内に侵入するのは容易だった。中は石畳で整備されているようだが、長い年月を経てその合間から雑草が生えていて、芝生であっただろう部分も荒地のようになっている。


 しかし周囲に気を配りながら歩くわたしたちの間に会話はない。ようやく言葉を交わしたのは病院内へと通じる正面玄関の前に辿り着いた時だった。


「民兵や武装集団とはち会ったりして」


「用心するに越した事は無いわ」


「まあ任せといてよ」

 

「一体何を任せればいいのかしら」


 軽口を叩き合いながら病院内へと足を踏み入れる。中は庭と違って案外綺麗で、足の踏み場に困るというほど荒れてもいなかった。好都合だと思いつつ、わたしたちはひと部屋ひと部屋目的のサンプルを探してゆく。それでも部屋の前に掲げられていたであろう部屋名のプレートは全て床に落ち、錆びついて判読不可能になっていた。


 階段を幾つか回り道しながら一階と二階部分の部屋を調べ終えた時、わたしはエルネスティーに言う。


「この建物すごく大きいし、虱潰しだと何日も掛かっちゃうよ。大体の検討はつかないの」


 これにはエルネスティーも同様に考えていたらしく、「検討はつけられるかもしれない」と言う。


「それは」


「地下よ」


「地下?」


「感染能力を持つ細菌やウイルスは地上に拡散しないようにするため、密閉された部屋や地下の奥深くで取り扱う事が多いの。だから、もしかしたらこの病院もそうかもしれない」


 なるほど、とわたしは頷いてみせた。


「少しでも想像つくのから調べた方が時間短縮になるかもね。あんまり皆を待たせておくのも危ないし」


「そうね」


 そしてわたしたちは地下へと向かうためエントラ付近のエレベータへと歩いた。


「これは」


 エレベータの前に辿り着くなり声を上げる彼女。


「どうしたの」


「非常電源……いいえ、違う電源が用いられてる」


「どういう意味?」


 エルネスティーが言うには、病院の非常電源ではなく外部の電源から電力が供給されている、との事だった。指し示された場所を見ると確かに非常電源のランプが点いていないのにエレベータは動いているようで、十階を示すランプが点灯している。もはや発電所など稼働していないこの地で非常電源も使われていないとなると、やはり外部から電力が供給されている可能性があるらしい。


「わたしたち以外にこの病院に来ている人がいるの?」


「ええ。それも自前で電力を供給できる装備を持っている。階段が塞がれている以上、地下へ向かう方法はこれしか無いようだけど……」


「じゃあ使っちゃおうよ。大丈夫。わたしが付いてるし、エルネスティーを危険な目には遭わせない」


「そう。なら……」


 そう言い、わたしたちはエレベータに乗り込んで地下へと向かった。


 エレベータの扉が開くと、一寸先は闇──そんな諺に相応しい光景が広がっていた。エレベータ内の光がかろうじて三歩先まで照らしてくれているが、その先は真っ暗で何にも見えない。ランプの明かりを向けてみても、ごく限られた範囲が照らされるだけで、部屋か、あるいは通路の全景は把握できなかった。かなり広い部屋なのかもしれない。


「床、ガラスの破片でいっぱいだ。足元気を付けて、エルネスティー」


「ええ」


 と応えてエルネスティーが自然とわたしの手を取る。それで少し気分良くなったわたしは「絶対に離さないでね」と、それとなくテコ入れしておいた。


 そのままランプの明かりを頼りに暗いだけの場所を当て無く進む。どうやらここは分厚いガラスで区切られていた場所らしく、定期的に足元に二センチ幅の長いくぼみ、そしてくぼみから続くように鉄柱があった。昔、ここで大規模な衝突があったのか、片腕で抱き込める程度の太さをしたそれが大きく捻じ曲がり、あるいは焼け焦げていた。


 こんな場所に本当に病原体のサンプルが残っているのだろうか、と歩きながら思う。そして、その言葉は自然とわたしの口から洩れていた。


「本当にこんなとこにあるのかな。この有様じゃもうとっくの昔に持ち出されてそうだけど」


「そうね。でも、感染能力を持った病原体の取り扱いは厳重でなければならない。きっともっと奥まった場所に、鉄扉かなんかで閉ざされているんだわ」


 エルネスティーがそう答えてくれ、彼女の手に少し力が入る。クランの頼みだからこそ彼女もそれなりの使命感を持っているらしい。


 そうしてしばらく歩くこと十分。不意に「あまり長居していたくないにおい……」が鼻をかすめた。


「長居していたくないにおい?」


 わたしの突然の囁きにエルネスティーも立ち止まる。


「うん」においのする方を指さした。「あっちからする」


 エルネスティーがつられてその指の先を見るが、暗過ぎて全く見えない上に、においも感じないらしい。首を傾げ、そっちに向かっていいかしら、と目で伝えてくる。わたしは当然頷いた。


 一歩踏み出すたび確実ににおいは強くなっている。それは歩いている方向が正しい事に他ならない。そして、その強くなるにおいはわたしにあるひとつの確信を抱かせていた。


「──……やっぱり」


「どうし……──っ……」


 ランプを向けた先には無数の屍体。山のように折り重なって積まれていた。着ている服から察するに、ここの研究員だった人たちから、どこかの武装集団の一員だったであろう人まで様々だ。そしてどの屍体も身体は朽ち果て、乾燥しきって、水分を失った眼球を闇より深い眼窩に収めていた。揺らせばからころと小気味よい音を立てそうなほどだ。


 わたしが感じるにおいはまるで血と汗と消毒薬と硝煙のにおいにヘドロを被せたようなそれだった。しかし、エルネスティーは何も感じないらしい。


 そう思うとエルネスティーがするりと手を離した。折り重なった彼らの前に膝を付き、背中を丸める。これもエルネスティーの研究成果を発端とする戦争のひとつの結果なのだろうか。ふと、そんな事を思った。


「エルネスティー。行こう。長居するものじゃないよ」


 においもきつい。


 けれど、彼女は無視する。


「ねえ、エル……」


「少し黙ってて」


 ぴしゃりと言われ、わたしの体がびくりと震える。彼女の声もまた震えていた。


 五分はそうしていたかもしれない。じっと待っていると彼女はおもむろに立ち上がった。


「ごめんなさい。急に怒ったような声を出して」


 こちらも見ないまま彼女は言う。


「いいよ。気にしてない」


 本当は少し怖かったが、こんなものを目の前にされては複雑な感情が押し寄せてしまうのも無理はない。この場で誰よりつらいのは、きっとエルネスティーだ。


「さあ行こう。あまりギヨームさんを待たせたら危ないし」


「そうね。けど、ちょっと待って」


「どうしたの?」


「この屍体の山の隙間から明かりが漏れているの、わかる」


 言われ、屈んで見てみると、確かにミイラ化した屍体の隙間から赤い光が一筋漏れていた。


「本当だ。これは?」


「試験場への扉のロックを管理する端末の光だわ。恐らく地下への電力供給は全て一本化されていて、だからここにも電気が」


 しかし、その端末をいじるには屍体の山を退かさなければならない。乾燥しきっているとは言っても、それこそおかしな病原体を隠し持っていたら困る。少なくとも素手で触るのだけは避けた方がいいだろう。


 そんな風に考えているとエルネスティーがわたしの背嚢を貸してくれと言った。何するの、と問うと、軍手を持って来ているわ、と言う。それからナイフも貸してくれと言うと、自身のクロークの端を切り裂いて口を覆うように巻き付け始めた。


「手袋とマスクのつもり」


「ええ」


「わたしも手伝うよ」


 エルネスティーは迷い無くわたしの分の切れ端も作ってくれた。準備が整ってわたしたちは端末に辿り着くための最低限の屍体を横に置いた。十数体そうすると、赤いランプを灯した数字板のような端末が姿を見せる。エルネスティーは手袋をしたまま端末を解体し始めた。


「解除方法わかるの?」


「屍体の持っていた工具を拝借したから、これで回路をいじる」


 適当に返事をしてランプを手元に持って行き作業をしやすくさせる。少し触っていると、高音と一緒に隣にある重そうな鉄扉がゆっくりと開いた。


「エルネスティーってホント何でもできるよね。尊敬しちゃう」


「あなただって革を扱えたり、銃の使い方を知っているじゃない。適材適所よ」


「そんなもんかなあ」どう考えてもわたしの分が悪い。


 扉は錆のせいで僅かしか開かなかったが、わたしたちには充分な抜け道ができた。マスクと手袋を外してわたしから中へと体を滑り込ませる。次いでエルネスティー。


「ここで正解みたいね」


 エルネスティーが言う。


 その部屋はぼんやりした青白い光で照らされていた。そして、その青白い薄明かりは棚にずらりと並ぶガラスの瓶を映しだしていた。その中身は黄色だったり黄緑だったり、蛍光色の様々な色の薬品らしきものが入っていて、どの瓶のラベルにも視力検査をする時の「C」を三つ合わせたようなマークを表示させていた。あのマークはもしかするとウイルスや細菌が入っている事を示すマークなのかもしれない。


 沢山並んだ棚には数え切れない量の瓶が並べられ、二人でひとつひとつ探すとなるとそれで数日を過ごしてしまいそうになるほどだ。


「全部探すの大変じゃない?」


「でも、見当は付いている」


「どういうの?」


 探すのに必要なので尋ねると、どうしてか彼女は急に口を閉ざした。


「エルネスティー」


 どこか悪いのかと肩に手を置くと、「あなたには教えておかなくちゃいけないわ」と、改まった様子で言われた。


「教えておくって、もしかしてクランの事?」


 訊くと、首を縦に振る。歩きながらエルネスティーは語る。


「あの町で感染症が流行りだしたのは六年前、当時クランはまだ六歳だった」


 エルネスティーは棚のひとつの瓶を手に取り、ラベルを確認するとすぐに戻した。


「恐らく多くの人は遠くの町で感染症が流行っているのを新聞で知っていた。でも、アンルーヴは断崖絶壁に囲まれていて貿易商隊が訪れるのも週一、二の頻度。遠くの町からそんな感染症を運んでくるような存在はいないと誰もが盲信していた。きっとクランの両親もその内のひとり」


 少し進むとエルネスティーは今度、異なる棚から二つの瓶を取り出して見比べた。そして軽く息を吐き、また棚に戻す。


「私はすぐアンルーヴに危険が迫っている事に気付いた。感染症の媒介者は人間だけじゃない。動物も虫もその媒介者には大いになり得る。だからわたしはあの山小屋に泊まり込みで周辺の動物たちの調査を始めた。アンルーヴに危険な病原体が持ち込まれる事は避けなければならなかったから、早めに手を打ったの」


「動物や虫って、エルネスティーひとりで全部請け負いきれるものじゃないでしょ」


「ひとりでやったわ」


 ひとりでやるしかなかったから、と言葉の端に音も無く付け足された。


「私は数週間、森の中で調査をしていた。でもいくら調査しても動物から危険な病原体が検出される事は無かった。虫も同じだけ調査したけれど、やはり検出には至らない。だからわたしはアンルーヴに帰る事にしたの。何も無ければそれでいいと」


 でも、ひとつ大きな過ちを犯していた。


 彼女はそう言うと、突然その場に立ち尽くした。


「その時も町民大会が開かれる直前だった。だから、町長とその付き人が帰って来ていたのよ。遠方から」


 まさか、とわたしは思った。


「元々寒く乾燥した土地な上、新型の病原体で人々には抗体も無く、帰った時には爆発的に感染が拡大していた。私はすぐに町長へ直談判しに行った」


 町長は今際の際だった、とエルネスティーは呟いた。彼女を通してくれるほど、判断力も思考力も落ちていた。


「私なら感染症を一掃できるかもしれない。そう言うと前町長は頷いてくれた。一ヶ月以内に必ずワクチンを創って町の医師会に渡す、そう約束した。きちんと調印した証明書も作って。実際はひと月せずにワクチンは完成したわ。でも大きな問題が生じた」


 何が起こったのかは言われなくてもわかってしまった。町の医師会だ。


「医師会は頑なにワクチンの受け取りを拒否したわ。製造方法を記したものも。でも無理も無い。私の存在なんて町の医師会が認めてくれる筈無いもの。いくら正式な調印をした証明書を持っていようと、彼らも町長がどんな状態かは知っていたから、判断力の著しく低下した状態でのそれをおいそれを受け取る訳にはいかなかったんだと思う。苦肉の策で患者を幾人か用意させて、被験者にして、効果を証明してみせたわ。結局、医師会にワクチンと製造方法を渡すだけで三週間も時間が掛かってしまった」


「どうして……町長の証明書もあるのに受け取りを拒み続けるなんて」


「彼らは彼らなりに頑張っていた。町の医師として、他人の命を背負う人として、プライドもあったんだと思う。私にそれを咎める事はできない。でも、私の創った薬がもっと早く大量に町に配されていれば、おびただしいほど人が死ぬ事は無かったかもしれない。そんな後悔は今でもあるわ。クランへの申し訳無さも、町の人へも」


 わたしは黙った。エルネスティーは悪くない。それどころかアンルーヴの町の人たちをできる限り救おうと誰より頑張っていたのだ。町の人から邪険に思われていたって、人を救いたいという気持ちは彼女にあった。でも、それは町の医師会だって同じ事だったろう。どちらが悪かったとは言えない事情があった。


「二ヶ月掛かってようやく流行は収束した。ずっと前アンルーヴの町には八千人いるって言ったでしょ。本当は一万人いたの。感染症のせいで二千人もの人が亡くなってしまった」


 小さな溜め息を吐いてからエルネスティーは歩き出した。わたしはそれに付いていく。彼女の横に並んで歩き、訊ねてみた。


「それ、クランには言ってないんだよね。その話をすれば誤解なんか生まれなかった。どうして言わなかったの」


「いつか言おうと思っていたわ。でもそれ以上にまた──私のせいで人が死んでしまったと思うのが怖くて、思い出さないようにしていた」


 エルネスティーの声は泣き出しそうなほど震えていた。きっと胸の奥に隠し続けていた感情を話したからだろう。正直に気持ちを打ち明けてくれて嬉しいのはわたしの本当の気持ちだ。けれど彼女は慰めて欲しいんだと思う。ずっと長い間、誰とも分かち合えなかった過去がつらかったから。


 わたしは小さく息を吐くと、そっと手を取った。


「わたしと、一緒に探そう」


 なるべく優しく、固く握り締められた彼女の手を包んで、わたしはこちらを見たエルネスティーに微笑んだ。少しでも気持ちが軽くなったのか、彼女も緩んだように口元を綻ばせる。


「……危ない所なのだし、もっと安心できる場所で話せば良かった。──こっちよ」


 気を取り直した彼女はわたしの手を改めて握る。それで、わたしたちは目的のサンプルのある棚へと歩き出した。



━━━━━━━━



 そこはずっと奥まった場所だった。レター表で言えば最後から何番目かの文字で示される棚だ。


「ここにサンプルが?」


「これだけのものが残っているのなら、きちんと整理されていれば」


 わたしとエルネスティーは相変わらず手を繋いでいる。


「この棚は少し多いみたいだから、手分けして探しましょう。あなたはあっちの棚。ラベルには『Sonnenuntergang Krankheit Virus』と書かれているはずだわ」


「わかった」


 わたしたちは手を離し、それぞれの棚を注意深く探した。エルネスティーが話してくれた綴りからすると、どうやらそれもわたしたちが普段使っているような文法ではないらしい。ラスカシェロスの言葉は何となくわかる程度には同じだが、こちらは全く想像もつかない並び方をしている。


「エルネスティー。その病気なんて読むの」


 わたしは棚を探しながら、背後で同様に探しているエルネスティーに語りかけた。


「ゾンウンターガング・クランクハイト・ヴィラス」


「は?」


 思わずエルネスティーに振り向く。


 彼女は棚に注意を向けつつ話してくれた。


「私たちの言葉で言うなら、日没病ウイルス、といったところね」


「日没病ウイルス……。どんな症状なの」


「簡単に言うと、紫外線に体を当てなければ段々肉体が腐っていく病。最初はウイルスでなく細菌の仕業かと思っていたけど、ワクチン開発の時に真っ先に気付いたわ。見た事無いから、これも私の研究成果をさらに発展させた生物兵器なのかもしれない」


「あ、聞いちゃってごめん……」


 話を掘り返すような真似をしてしまったようで申し訳無い気持ちになる。けれど、エルネスティーはあっさりしていた。


「こればかりはわたしも判断のしようが無い。だからマルールが気に病む必要は無いわ。もしかしたら本当に自然界で突然変異を起こしたものなのかもしれない」


 そっか、だったらあまり気にしない事にする、とわたしは返事をし、棚に意識を集中させた。


 と、その矢先、


「あ、もしかしてこれかな」


 と、それらしき綴りの名前が書かれたラベルを見つけた。中身の色は黄緑。


「見せて」エルネスティーがそちらの作業を止め、こちらにやってくる。「Sonnenuntergang Krankheit Virus……間違い無い。これね」


 そう言うと、エルネスティーは持って来ておいた小さなプラスチック製の箱に瓶を入れ、「目的のものは手に入ったし、行きましょう」と言う。


「そういえば、どうしてここに新種のウイルスがあるってわかったのかな」


「打ち捨てられた場所に手を加えて使えるようにするのは私も町の地下でしている事よ。ここは電気さえ通れば設備としては十分だったから、しばらくのような組織が研究施設として使っていたんだわ。サンプル貯蔵庫が無事だったのは、鉄扉が強固だった事と、セキュリティの厳重さによるものね」


「セキュリティが厳重って」


 あっさり解除してしまったエルネスティーには恐れ多い。そして、扉の前で倒れていた彼らに哀れみのようなものも感じた。それでわたしは貯蔵庫から出ていく時、扉の傍らに山積みになった彼らにささやかな黙祷を捧げておいたのだった。

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