Ⅱ-14 穿たれた処は如何ばかりか
ドナルドさんの容態もひとまず安定し、お風呂にも入って落ち着いた後、わたしとエルネスティーとクランとソフィはキッチンのテーブルで向かい合っていた。かつてアンルーヴを襲い、クランの両親の命を奪った病原体のサンプルを探すための計画を話し合うためだ。
「もう一度確認していいかしら」
「うん」
「どうして病原体を探して来て欲しいの」
「あたしもエル姉みたく、人を助けられる人になりたいの」
「それでも、わざわざ過去を蒸し返すような真似をする必要は無い」
クランは押し黙る。
「何か他に理由があるんでしょ」
わたしが真意を促してあげると、クランは俯いてしまった。
「本当は、こんな場で話したくなかったんだけど」
彼女は顔を上げて続けた。
「エル姉なら、あんな伝染病なんかすぐに治せたよね」
エルネスティーは何も言わない。
「どうしてすぐに薬を作って町に流してくれなかったの。ドックスおじさんもミゼットおばさんも、あの二人を通じれば町に薬を配る方法なんていくらでもあった。でも、結局エル姉は造りもしなければ流してもくれなかった。薬を造ったのは前町長から資金援助を受けた町の医師会の有志。二ヶ月もかかってやっと薬が町に配給され始めた頃、町の人どれだけ死んだと思ってるの。あたしのパパとママだって。……こんなの、あの時のあたしにわかる訳無いし、今さらエル姉にやつ当たっても意味無いってわかってるよ。だからこそあたし知らなきゃならないの。自分を納得させるために」
そうしてすぐ彼女は閉口した。それに対しエルネスティーは彼女から目を逸らし、わずかに顔を俯かせていた。
思えばクランの言う通りだ。数年前にあったというアンルーヴでの伝染病の流行。それによってクランの両親は失われてしまったのだと以前彼女が話してくれた。エルネスティーが勘づいて早々に手を打っていれば、少なくとも二ヶ月とかからない期間で事態は収束へと向かっただろう。クランの両親も死ななくて済んだかもしれない。
わたしはエルネスティーに視線を向け、その後クランに向けた。対面に座り合う二人の間にはどことなく深い溝のようなものが出来てしまった感がある。
するとクランが口を開いた。
「ごめん、勘違いしないで。エル姉は尊敬してる。頭いいし、あたしに世話焼いてくれたし、今だってソフィのパパを助けようとしてる。でもそれって本当なの。本当にエル姉は助けたいって思ってるの。マルールにそうした方がいいって諭されたから、その気になってるだけなんじゃないの。……そうじゃないなら、どうしてあたしのパパとママは助けてくれなかったの。ねえ、どうして……」
クランの悲痛過ぎる叫びだった。しかし、エルネスティーは静かに目を瞑り、その悲痛な叫びを甘んじて受け入れている風だった。彼女らに対し、わたしが掛けてやれそうな言葉が思い付かない。
そんな時、ソフィが唐突に口を開いた。
「あ、あの……パパの、こと話してたから……聞きたいんですけど」
躊躇いながらも彼女は言う。
「お話、よくわからないんだけど、あたしはパパがもう助からないって、ほんのちょっとだけど思ってるし、助かっても前みたいに元気にはならないって、わかってるから、その……。ただ、エルネスティーさんにはそれでもパパを助けてほしいの。パパの世話、今までずっとしてきたし、その後頼ることもしないから、ただ、助けてほしいの」
エルネスティーがどう思っているかどうかは関係がない、ということだろうか。わたしは思った。けれどもクランにとってその言葉は怒りの琴線に触れたらしく、苛立ちを隠さず反論した。
「助かるかもしれないアンタのパパと、もう死んじゃってこの世にいないあたしのパパとママを一緒にしないで! 大体アンタの意見なんて誰も聞いてない」
「あ、う、ご、ごめんなさ……」
クランに怒鳴られ小さい体をさらに小さく縮こまらせるソフィ。
「大丈夫だよソフィ。ちょっと席外すね」
泣き出しそうなソフィが心配で、そそくさと席を立ってソフィを連れ出す。キッチンを出てわたしの部屋まで連れて行き、ベッドに腰掛けさせると、ぽろぽろと涙を流すソフィのそれをハンカチでぬぐってあげた。
「ごめんねソフィ。お姉ちゃんたちケンカ中みたいで。怖かったよね」
「ご、ごご、ごめんなさいい……」
「ああ、ほらもう泣かないで。大丈夫だから」
立ち上がって傍らに寄り添うと、腕に頭をうずめてびいびい泣き始めたソフィの頭を、わたしは優しく撫でてやる。背中をぽんぽん叩いて落ち着かせてやると、ずずっと洟を大きくすすり。ようやくわたしから離れた。
「大丈夫?」
「うん。ごめんなさい」
「謝ること無いよ。でも、本当にソフィはパパを心配してるんだね。お姉ちゃん感心しちゃった」
「だって、あたしのパパだもん……」
「うん。そうだね」
パパなんだ。家族だから、大切にするのは当たり前だ。それをクランたらやつ当たりみたいにして。
「あ……」
夢の中で、わたしのパパは……。
「……ソフィ、落ち着いた?」
「うん、ありがとう。マルールお姉ちゃん」
もうだいじょうぶ、と言って控えめに離れる。すると、彼女はやや俯いて言った。
「あたし、悪いこと言っちゃったの?」
「どうして」
「クランって人、すごく怒ってたから」
少し、首を傾げる。パパが助からないかもしれないのは承知済みなのに、クランが怒る理由についてはわからないのだろうか。
「クランが怒る理由、わからないの」
「え。う、うん」
「パパが助からないってどういう意味かわかってる?」
「えっと、天国ってところに行って、すごく楽しくくらすんだって。パパから聞いたよ。この世界にはいられないから、もうあたしとは会えなくなるけどって」
「そっか。それなら」
とんでもない勘違いをしている訳ではなかったらしい。だが、肝心のクランの怒りは理解できていないようだ。
感じてきた世界が、二人は違うのかもしれない。
「同じように見える人でも、結構違うんだなあ」
「え?」
「何でもないよ。キッチンに戻れる?」
「たぶん、だいじょうぶ」
「うん、それなら戻ろう」
そんなソフィとのやり取りの後、キッチンへ戻った。そしてそこでは驚愕の光景が広がっていた。
「もう。泣かないのクラン」
「だって……だってえええぇぇ……! あたしエル姉に酷い言い方……」
「私なら気にしてないわ。だからほら、泣きやんでちょうだい」
「ごめん……ごめんなさいぃ……。エル姉大好きだからあぁ、嫌いにならないでええ……」
びいびい泣いてエルネスティーにすがりつくクラン。そして、それを持ち前の落ち着いた声であやす彼女。どうやらわたしが部屋でソフィをあやしている間に、こちらはこちらで似たような状況になっていたようだ。
「エルネスティー」
「ソフィの様子を見るに、似たような状況になっていたみたいね」
「そうみたいだね。さてクラン。詳しい話を聞かせてもらえる?」
「……うん」
クランはソフィがしたようにずずっと洟をすすると、彼女はゆっくりと名残惜しそうにエルネスティーから離れた。そして、ちょこんと椅子に座り直し、仕切り直した。
「あたしが二人に行ってもらいたいのは、ラスカシェロスって呼ばれる都市」
「ラスカシェロス……。ここから西に数百キロは離れている大都市ね。もうすっかり廃墟になっているはずだけど」
ラスカシェロス。廃都市になっているという事は、昔の戦争で狙われた場所のひとつなのだろう。以前クランから聞いた限りの情報では、その場所にある研究所に、かつてアンルーヴを襲った伝染病のサンプルがあるかもしれない、というものだった。
「でも、その情報は確実なの。廃都市なのにサンプルが残ってるかもしれないなんて。それに、その研究所が建てられた年代だってだいぶ違うんじゃ」
いくらなんでも考えにくくないかな、と言うと、クランはやや言いづらそうに答えた。
「貿易商から聞いたの。ほら、遠方の町では伝染病が流行してるって隔週新聞で知ってたから。その流れで」
なるほど、と顎に手を当てて唸るエルネスティー。
「信憑性の程はまったくわからないけれど、クランの頼みだものね……。それに、変異前のものが残っているかもしれないわ」
彼女の表情がほんの僅かだが乗り気で無さそうに見えてしまった。やはり、彼女にとってはクランに対する負い目があるのだろうか。
「とりあえず、ラスカシェロスって街に行けばいいんだね。建物の名前とかはわかる?」
「えっと」クランは眉間に皺を寄せながら「ラスカシェロス市立マッテオ記念病院、だったかな。長かったからはっきり覚えてないんだけど、そんな名前」
「それって場所は」
「街の中心部にどどーんと」
「場所まで覚えているの」
そこまで情報が揃っていれば彼女としては申し分無いらしい。こちらをちらりと見て頷くエルネスティー。その目が訴えているのは、またギヨームさんから馬車を借りられないかしら、というものだ。わたしは、任せてよ、とウインクしてみせた。ふと少し微笑んだ彼女はクランに向き直る。
「わかったわ。行きましょう。でもその代わり、しばらくルフェーブルさんとソフィの世話を任せることになるけれど、いいかしら」
「それは大丈夫。任せといて」
「決まりね」
わたしとエルネスティーは頷き合い、その日の内にベルトランさんの邸宅へ行き、三日後の約束として馬車の件を取り付けておいた。
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