Ⅰ-13 うら若き白き士君子の幻影
家を飛び出して油や火打石など少しのものを買いそろえたのち、町の近くの森に来ていた。森の中は霧深く、適当に雨風しのげる場所を探し歩いている。少しの間だが、エルネスティーの所には戻らない。
そうして森を突き進む。しばらくすると、崖の下が木の根に沿って反り返りちょうど軒下のようになっている場所を見つけた。中を覗き見て、ここなら少なくともズブ濡れにはならないかな、と安堵した。
歩きながら集めた枯れ木を組んで油を垂らし、火打ち石を打った熱い火種と枯葉をそこに添えると油に引火、すぐに枯れ木にも燃え移り広がってゆく。座るのにちょうどよい木の根を見つけてその上に腰かけた。
静かにゆらめきほのかに赤く燃える炎を眺めながら、今一度自分の気持ちを確かめてみる。そもそも、どうしてわたしはエルネスティーを好きになってしまったのだろう。好きという気持ちをもっと詳しく言葉にできたら簡単なのだろうが、生憎とそれを説明できるほど頭は良くない。せいぜいが「わたしは(どうして?)エルネスティーが好き」ということだけだ。
「絶対に離れたくない」そんな気持ち。どうして──。
ポケットに忍ばせておいた紙片を取り出した。ただそれを眺めながら思った。エリクもエルネスティーが大好きだったはずだ。
『なぜだ なぜだ なぜ? いまおもいだして どうして』
『エルネスティーは 俺が守ってやるんだ 守ってやる 決めたんだ 決めたのに──』
『罪? どうして? 俺は』
『目的があるんだ、手に掛ける 目的 ああいやだ だめだ思い出したくなかった。こんな記憶 どうして俺 いやだ いや』
『だ いやだ いやだ 俺には無理だ 大好きなんだ。好きで好きでしょうがなくて愛しててずっと彼女と生きたかったできないできなくな』
『ったんだちくしょう ちくしょう 今までのツケが回ってきたのか。こんな残酷なはなし──』
『あの谷底に落ちてしまえば、 そうかもしれない 記憶は失えるのか』
『また エルネスティーと何も知らずに生きていけたら── 俺はなんだってやってやる やってやるぞ くそくらえ』
その後には死を示唆するようなことが書いてあり、例の谷底には詩が書かれた布切れが落ちていた。
──わたしもエリクと同じなら、わたしはエルネスティーをそうする立場にいて、それを思い出した時には、わたしはエリクと同じように自ら死に走ってしまうのだろうか。少なくともエリクの境遇と性格まで似ているらしいのだ。
だから、わたしはエルネスティーをそうする立場にいて、それを果たすまでは離れない、離れられないという意味なのだとしたら。
エルネスティーのことは本当に好きなのに、それに自信が持てない。
本当に、好きと呼べるのか。
「ああ、もう」
わたしは両手で頭を抱えた。せっかく頭を冷やすためにここまで来たのに、余計に頭を熱くさせてしまっている。
ゆらめく炎の先に深い霧の蠢く様を見て、ふと立ち上がった。気分転換とライフルの扱いがてらウサギでも捕ってこようと思ったのだ。それにエルネスティーの元には数日戻らないつもりでいる。だからなんにしろ食糧は得なければならない。
紙片をポケットに入れなおすと、わたしは木の根の軒下を出た。
霧深い森の中は恐ろしい。特に、足下には細心の注意を払っているわたしがいた。
食糧を得るために歩き回り始めて小一時間経つが、まだ少しの山菜くらいしか得ていない。一番の獲物である動物たちは時折この静謐な場にいて気配だけを示してくれるが、やはり食べられたくはないのだろう。わたしがそちらに意識を向けると、彼らはすぐに気配を消してしまう。
「……はあ」一体何してるんだ。
そんなことを思いつつ樹の幹に体を預けた。雨が降りだす様子もなく、ただしっとりと頬を撫でる湿気に、心地良いのか、悪いのか。
そのまま背負っていたライフルを構え、動くものはないかと神経を張り巡らした。しかし、漂う白幕は気配しか感じ取らせてくれない。その気配のほうへ意識を向けるとやはりふっとすぐに消える。
仕方なくライフルを再び肩にかけると、手頃な樹を探し始めた。上から見下ろしたほうが幾分か見えやすいと思ったのだ。
歩き始めて数分、登るのに良さそうな高い枯れ木を見つけた。幹のでこぼこに手を掛けひょいひょい登っていくと、すぐに頂上にたどり着く。わたしはそこで、とりあえず森を見渡してみた。
広大な森全体が白いベールをまとっている。地上はかろうじて見える程度で、動くものがあれば視界に捉えることもできそうだった。そして息を殺して待ち、霧が少し晴れた頃合だった。向こう側から動物の気配が近づいてくるのがわかった。わたしはゆっくりとした動きでライフルをそちらに向けた。まだ向こうの気配は消えていない。
行ける。
湿ったライフルのグリップを握り──手汗のせいか湿気のせいか──銃口で狙いを定める。気配は衰えない。それどころかどんどんこちらに近づいてきている。もしかして動物ではないのか。
すっと目を細めたとき、白い霧の向こうに小動物ではない、巨大な影が揺らめくのが見えた。にわかにグリップを握る手に力がこもる。まだ、こちらに向かってきている。こちらに。
あれはなんだろう。
ウサギではない。リスでもない。クマか。
違う。
やつは、白い。
わたしは構えていたライフルを肩から外した。超然とした足どりで霧にまぎれて向かってくるその存在は、明らかにこちらに目標を定めていた。
やがて、そのはっきりとした輪郭がわたしの目に写った。
白く大きく反り返った牙に青白く輝く毛並みの美しい野猪が、わたしのいる樹の幹のあたりに立ち、鼻を鳴らしながらこちらを見上げている。
その白い野猪を呆然と見定めていると「Cold Boar」という言葉が勝手に呟かれた。
違う。あれはおそらくミゼットおばさんが言っていた「珍しいアルビノの野猪」なのだ。それにCold Boarというのはエリクの遺した布切れに書かれていた言葉ではなかったか。ただの珍しいアルビノの野猪と、エリクのCold Boarという言葉に、一体何の関係があるのか。
わたしはじとりと湿った手で再びライフルを抱えた。目標はただひとつ、あのアルビノの野猪を捕って食糧にする。しかし、アルビノの野猪は何も知らずに悠然とわたしを見上げている。わたしに襲いかかるでもないその様子は、まるで。
抱えていたライフルを肩にかけた。ゆっくりと樹を降りていき、地面に足を付けた。アルビノの野猪は突進してくることもなくわたしに向かってのしのし歩くと、その巨大な体をわたしにすり寄せてきた。どうやら随分人になついているようだった。
気持ち良さそうにすり付ける体におずおずと手を伸ばし、思いのほかとてもやわらかい毛並みに驚く。ふごふごと鳴らしていた鼻は、今はおだやかなものになっていた。
「あのさ。一体、君って何者なの」
だが、そこはやはり野猪だった。何も返してはくれない。
「じゃあもしかして、Cold Boar?」
にわかに野猪がきょとんとした。そして、一層体をわたしにすり付けてくる。
「なんなんだ、一体」
わたしはアルビノ──Cold Boarの毛に指を通しながら言った。
「ねえねえ、お腹空いたから脚の一本ちょうだい?」
思いきりどつかれそうになった。
結局、その日はCold Boarが住み処までついてきて、わたしは何も食べられなかったのだった。
━━━━━━━━
「ふわ……ああ」
次の日、空腹で目が覚めた。Cold Boarがベッド代わりになってくれたおかげで、野営しながら体は全く痛くない。
わたしはすやすや寝息を立てているCold Boarを起こさないように、ライフルを手にすると洞窟から出た。狩りを邪魔されたら敵わないし、あんなに気持ち良さそうにしているなら起こさないほうがいいだろう。
今日は日差しが朝露に反射して森全体が輝く絶好の狩り日和だった。昨日の深い霧はどこかへ行ってしまったらしい。腐葉土の地面は昨日の霧の水分を吸い、しっとりと濡れているだけで、枯れ葉を踏みしめる音も小さかった。今日ならきっと空腹には悩まされない。
注意深く気を張り巡らして歩いていると、ずっと向こうに白いウサギの姿が見えた。朝の日差しで多少の雪が融けている今、ウサギの白も保護色にはなり得ず、くすんだ茶色の森の中にいて格好の的だ。その場で立ち止まって適当に体を預けられそうな樹を探し、見つけると、その樹に近寄りしゃがみこんだ。ライフルを取り出して幹でそれを支えると、何も知らずに毛繕いをしているそれに狙いを定めた。
「……」
息と気配を殺し、ゆっくりと一度だけまばたきをする間には、ライフルはしっかりとウサギを捉えている。
わたしはそのままゆっくりと引き金を引いた。
銃口は爆音と火を吹きながら銃弾を瞬く間に発射し、その直線上にあるウサギの体を確実に捉える。瞳より赤い血を傷口から吹き出しながらウサギは地にぱたりと倒れた。だが、まだ生きている。わたしはウサギに駆け寄った。
太ももにはどんな動物にも太い血管がある。そこを傷つけられたら命は持って数分。ショックか出血多量で死んでしまう。
わたしは息も絶え絶えに小さな呼吸を繰り返すウサギを黙って見つめた。数分経つと、ウサギの胸の律動も鼻をひくひく動かすのも、すっと止む。それを確認して縄で両足を縛って持ち上げ、温かい内に残った血を抜くために喉元をナイフで切り裂いた。血が流れ終えると、もう一匹欲しいな、と思いつつ再び歩き出す。
また動物に出会うまでわたしは歩き続ける。食べ物はもちろん水もそろそろ摂らないとまずいが、如何せんこの辺りには川が無い。朝露が飲めそうな広い葉を持った草は見つけられない。
わたしは一旦立ち止まってしばし立ち尽くすと、さっと踵を返した。森の傾斜に沿って流れている小川があるはずだ。そしてその水は全て町の周囲の沢に繋がっている。
森をずんずん下って行き、目的の谷底には日が真上に昇る頃に着いた。そこは目論みどおり小さな沢になっており、綺麗に澄んだ水がさらさら流れている。わたしは捕らえたウサギとライフルを地に置くと、水を両手で掬って飲んだ。冷たくて美味しい。
でも、エルネスティーのかぼちゃのスープのほうがやっぱりずっと美味しいと思う。そしてその場に座りこみ「ほんとに……」と自嘲するように呟いた。
まさか少し離れただけでもっと強く彼女のことが思われてしまうだなんて思ってもみなかった。彼女は町の人から「魔女」と呼ばれているが、魔性の女という意味では間違いなく彼女は魔女だ──これじゃ、頭を冷やすためにわざわざ離れたのに逆効果だ。
けれども、これはこれで気持ちの整理はついているのかもしれない。わたしはエルネスティーが好き。離れたくない。たくさんのことを一緒に経験したい。何かあっても絶対に離れない。
──わたしはエリクとは違う。彼女を悲しませない。
どんなにエリクと同じ境遇だからと言って、こればかりは同じになる訳にはいかない。だって、わたしは本当に、エルネスティーが好きなんだ。
「よしっ」
わたしは沢の水を顔にかけた。冷たい水が意志と決意をはっきりさせてくれた。
たった一日だけの家出だったが、自分の気持ちははっきりした。エルネスティーにはきちんと謝ろう。きちんと謝って、また一緒にいられたらそれでいい。
そうしてわたしはウサギとライフルを手に立ち上がろうとした。しかし、手に取ろうとしたそれらに不可解な影が落ちていることに気づく。明らかにわたしのものではない。それに、大きい。
わたしはその影の落ちるほうを見た。
ヒグマ、だ──。
「っ!」
ヒグマは大きく腕を振りかぶり、わたしを引き裂こうとした。
それを既でのところでかわしたはいいものの避け切れず、身を守るために咄嗟に差し出した左腕には大きな爪跡が残った。傷は深く、途端に大量の血が溢れ、シャツを真っ赤に染めていく。
「くっ、そ、この」
ヒグマはウサギにちらりと視線を移したあと、すぐにわたしに視線を戻した。よく見ると相当痩せ細っている。食糧が無いからか。思えばこの時期に冬籠りするはずのヒグマが出て来ているのはおかしい。やつはわたしを食うつもりだ。
血の流れを少しでも止めるために腕を押さえつけながら、わたしに立ち向かってくるこのヒグマをどう処理するか考えた。逃げたところで脚力には敵わないし、唯一の対抗策であるライフルはやつの近くにある。今手持ちの武器はナイフだけだ。
ナイフを取り出すと、危険を察知したヒグマはわたしに向かって突進してきた。
四足で突進してくるヒグマは当然のように頭部が前に出ている。ぎりぎりまで引き寄せて──その顔を思いっきり蹴り上げてやる──。
「な。──っ!?」
ヒグマはわたしの目の前で瞬時に立ち上がり、わたしの体を太い腕ででたらめに薙ぎ払う。
「か……っ」ガードできない左の脇腹を殴られた。わたしは再び地に伏して脇腹に鈍く波打つ激しい痛みに歯をくいしばった。
「っ……く……!」あまりに重い一撃だ。骨か内臓をやられたかも。
やつが次へと移る行動は遅かった。その間になんとか立ち上がることはできたが、力の差は歴然。とにかく、ライフルを手にしなければ死は免れ得ない。
どうしたらいい。ナイフだけでライフルにたどり着くには。
そこでわたしはピンと来て、意を決すると再び歯をくいしばった。その意識のまま腰に備えていたナイフをぎゅっと握る。狙う箇所は、目。
ヒグマはぜえぜえと息を切らして今にも倒れそうになりながらこちらを振り向く。次に仕掛ける一撃がきっと、お互い生きるか死ぬかの分かれ目になる。
ヒグマは一息置くと疾駆を始めた。一直線に突っ切って来る。
今なら、行ける。
わたしはナイフを投げた。くるくると縦に回転したナイフは勢いのままに──。
「グウウゥッ!」
反応しきれなかったヒグマの右目を切り裂き、ナイフはそのまま地に落ちた。左に避けようとした反動で沢の砂利に大きく倒れこむ。ライフルを手に取るには、今しかない。
倒れこんだヒグマの横を駆け抜け、転げながらライフルを手にした。だがもはや自らの生死がかかっていることを知っているのか、ヒグマもすぐに起き上がり、わたしめがけて突進を仕掛けてくる。
「くっ!」
「ガウァアァ──ッ!」
飛びかかってきた必死のヒグマに向かって、引き金を、引いた。
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しばらくの間は動く気にもなれず、ただ息を吸って吐くだけを繰り返していた。襲いかかる寸前のヒグマはわたしの放った弾丸に急所を射抜かれ、そのまま空中で力を失ってわたしの上に倒れこんできたのだった。危うく圧死してしまうのを横に転がり難を逃れ、全身に力が入らない状態でいた。
腕と脇腹をやられた痛みと吐き気で、呼吸以上の動きができない。昨日からほとんど何も食べていないし、空腹で力も出ない。この勝負に勝とうが負けようが、わたしは死んでしまう運命だったのだろうか。エルネスティーにもきちんと謝っていないのに。雲ひとつ無いからりとした冬晴れの気持ちいい日に、どうしてわたしはこんな惨めな場所で死にそうに息をしているのか。
お願い、エルネスティー、助けて。わたし、このまま死にたくないよ。
そんなことを考えてしまうと不意に涙が目に溜まって、目じりからはらりと流れ落ちた。ついでに嗚咽も洩れてくる。こんなところで死にたくないもの。
「エルネスティ……エルネスティいいい……。えう……助けてえええ……死にたくないいぃ……!」
情けない声と同時にお腹の虫も鳴く。
「……助けてあげようかしら、あげないかしら」
はっとした。このつまらなそうな声。力を振り絞って顔をそちらに向ける。
「エルっ……」
「?」
「エルネスティいい……」
その無表情を見て、堪えきれず大号泣を始めてしまった。「助けて!」そして二言目には助けを請う。しかし、エルネスティーはなんとこの期に及んで等価交換を申し出てきた。
わたしの顔の横にしゃがみこんで彼女は言った。
「どうしたらいいと思う。だって私たち、喧嘩中じゃない」
「う、うん」
「私が悪いのかしら」
しれっと横を向きながら言うエルネスティーは顔は、明らかにわたしの謝罪を望んでいる。
「そんなことない! 悪かったのはわたし! だって、だって……。わたしが家出したのは、頭を冷やすためだったし……」
「頭を冷やすためにこの辺りでも一番凶暴な動物のヒグマと命を懸けて戦ったの」
「え、そういうわけじゃ……」
「ほんと、馬鹿なんだから」
心配なんて微塵もしていないような声を出しつつも、懐から小瓶を取り出すとわたしに差し出す。小瓶の中身はどぎついほど濃い緑色で、蓋を開けたときの臭いから、どうやら様々な薬効のある植物をすりつぶしてスムージーにしたもののようだ。
「飲めばいいんだね」
「ええ」
意を決して一気飲みするも、存外見た目ほどの臭さはなかった。すぐに飲み終わり、わたしはふうと息を吐く。エルネスティーを視界に入れただけでだいぶ元気が出て来ていた。
「それにしても、どうしてここがわかったの?」
わたしは気になった話を切り出した。
すると、エルネスティーはこう言う。
「銃声が聴こえたから」
「じゃあ、エルネスティーは自分から探しに来てくれてたの?」
エルネスティーはそれには答えない。代わりに顔を背けた。なんてわかりやすい反応なんだろう。そんな彼女にわたしの溢れ出る気持ちは抑えられない。
「エルネスティー!」
「わ、ちょ、っと」
体の痛みもなんのその。突き動かされるように起き上がり、エルネスティーの青いクロークにしがみついた。けれども、エルネスティーは仕方ないというふうに黙っている。
「ありがとうエルネスティー。すごく嬉しい。だってエルネスティーがわたしのこと探しに来てくれたんだもん」
そう言うと、エルネスティーは気持ち照れくさそうに「そうね。それはよかったわ」とだけ呟いた。
「さっさと帰るわよ」
「え、帰ってもいいの」
「四の五の言わずに帰ってきなさい」
「……! エルネスティー!」と言って飛び上がって抱きつくと、「……」無言でなすがままにされている。
なんだ。実は結構寂しかったんじゃない。
とは、言わないでおく。たった一日だけど。
倒れたヒグマをそのままに、肩を貸すというエルネスティーの言葉に甘んじた。
ヒグマの亡骸は狼や野犬の糧になるだろう。本当は毛皮や血などを売るために解体して持ち帰り、ミゼットおばさんへの貸しを稼ぐための素材にしたいのだが、この弱った体でそこまでの作業は無理だ。ヒグマは置いていかざるを得ないが、ウサギはもちろんわたしの取り分として担いでいる。記憶を失って初めての捕り物は、おそらく、もう、これで十分のはずだ。
わたしはヒグマの亡骸に一度だけ振り返り、エルネスティーの肩に寄りかかりながら歩いた。
アルビノの野猪には出会わなかった。わたしのベッド代わりになってくれた以外に、どうして現れたのか全くわからない。もしあのアルビノの野猪がヒグマに出くわすことを予知していて、体調に不備がないようにベッド代わりとして現れてくれたのなら、それはそれで感謝すべきだろう。しかしやはり現実的ではない。そもそもあの野猪のせいで空腹になったのだし、感謝するのはお門違いだ。
もうひとつ、どうしてあのアルビノの野猪はわたしにひどく懐いていたのだろう。それに「Cold Boar」で反応したのも気になる。もしかして、記憶を失う前にわたしが飼っていたペット?
「神妙な顔してどうしたの」
「白い野猪が気になって」
エルネスティーは言った。
「白い野猪?」
「うん。一晩わたしのベッドになってくれたんだ」
「……不思議なこともあるものね」
「さながら、うら若き白き士君子の幻影、ってとこかな」
「マルールらしくない表現ね」
「そうかな」
わたしはふと顔を横に向けた。木々のずっと向こう側は霧が薄くかかっていて、そのさらに向こう側に霧以上に白い大きな影が見えた。それは単に
「……うーん」
「どうしたの」
「……いや、なんでもない」
とんだお助けキャラだったな、とそんなふうに思いながら、わたしはエルネスティーと一緒に帰りの道を歩いたのだった。
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