第14話 千明 お化け屋敷を探検する。

「お化け屋敷?」


 この辺のお化け屋敷といえば、この前みふゆの話題に出てきた例の空き家しかありはしない。

 でもそこで遊んでいたことが持ち主にバレ、学校でも注意される事態にまで発展したはずだ。

 それなのになぜみふゆはそんな場所でまた遊ぼうとするのか……、いぶかしむ千秋の目にみふゆはこたえる。


「出たんだって! またあの黒い服の幽霊が。タイミング悪いよね~、なんでおじさんに怒られてから出るんだろって話で」


 なんでも、夕暮れ時に塾に向かう途中のとある男子がその空き家の前を通った時、門からぬっと黒い服を着た女が現れたのを目撃したのだという。

 黒いワンピースに黒髪、顔にはマスク。

 以前からお化け屋敷の噂に接していたくだんの男子はその幽霊らしき女と出くわしたショックで自転車のハンドル操作を誤り、昭和のギャグマンガかコメディアンのように電柱に激突して転んだのだという。

 男子がねん挫した足首の痛さに呻いている間に幽霊らしき女はどこかへ消え去ったのだそうだ。


「それ、本当に幽霊なの?」

「じゃないかもね、口裂け女かも。千秋は口裂け女ってしってる?」

「昔そういう都市伝説があったってミサコちゃんから聞いたことがある。なんにせよそういうオバケ的なものなの?」

「オバケじゃないかもしれないけど、怪しいことは怪しいよね。何かの犯罪にかかわってる人かもしれないよ。大金や死体を埋めに来たとかさあ」

「オバケよりそっちの方が怖いね」


 みふゆの隣を歩きながら千秋ははっと気づいた。こぐは無言で二人のあとについてきている。あまりに静かなのでつい以前のように千秋とのおしゃべりにばかり興じていた。

 あわてて千秋はこぐの方をふりむく。


「ねえ、こぐはどう思う? オバケだと思う? 犯罪者だと思う?」

「……どっちでもないと思う」


 少し考えたような間を置いてから、淡々とこぐは答えた。


「オバケか犯罪者の二択だとしたらどっち?」

「だからどっちでもないと思う」


 みふゆの問いかけに重ねて答えた。


「二択だって訊いてるんだけど?」

 みふゆの声にとげが混じる。

「まずその前提が変。空き家の持ち主の家族あたりが正解だと思う」

 こぐは動じなかった。


 みふゆが押している自転車のスポークの音が響く。三人の空気が微妙なものになっている。


「あのさ、何も本気でオバケの正体を突き止めたいわけじゃないんだよ? 単にそこから話を膨らませたいだけなんだけど。なのになんで『どっちでもない』とか分かりきったこと言うの? こぐれさんてマジメちゃん?」

「気に障ったんなら謝る。ごめんなさい」


 千秋は慌てた。

 こぐのあの口ぶりでは挑発だと受け取られても仕方がない。案の定みふゆはあからさまにムッとしている。この険悪な空気は耐えがたい。


「じゃあ、とりあえず三人でそのお化け屋敷に行ってみようよ。中に入らずに外から見るだけ。それなら見つかっても怒られないでしょ」


 おしゃべりならどうしても2:1の形になりがちだ。けれど三人で一緒に行動すれば、こぐとみふゆの適当な距離感が見つかるだろう。

 そんなわけで、本当は行くはずではなかったお化け屋敷に向かったのだった。



 みふゆの住んでいる地区は千秋の住んでる地区の隣だ。子供の足でも歩くのがそんなに苦にならない距離のところにある。


 お化け屋敷と称される空き家は、このあたりだと特に珍しくはないただの住人を失った古民家だった。何年も人が住んでいないためか、庭にはセイタカアワダチソウなどの雑草が繁茂し、すりガラスが割れているなど荒れっぷりは激しいが。


 三人が訪れると、上級生らしき男子たちがあたりをウロウロしていた。彼らも噂が気になってやってきたのだろう。しかし何も収穫がなかったらしく自転車にまたがって去っていった。


 門のあたりから家を覗いてみたが、やはり単なる古びた空き家だ。お化けのでそうな趣に著しく欠けている。


「……何も出そうじゃないね」

「まあ、真昼間じゃあね」


 しかし家の後ろには鬱蒼とした竹藪があり、近くに街灯などもない。他の民家からやや離れた所にあるので、夕方など暗い時にこの家のそばを通るのは勇気を必要としそうだ。

 無意味に三人はその家の周りをブロック塀にそってぐるっと歩いてみた。お化け屋敷探検にやってきた児童が捨てたと思しき駄菓子のパッケージが落ちているだけで収穫は何もない。ブロック塀と竹藪に挟まれた裏道は細くて狭くて日当たりが悪く、ここだけは本格的に薄気味悪い。しかしやっぱりただの空き家だ。


「……なんか普通だね」

「でしょ、だからみんなつまんないから秘密基地にしようぜって話になったんだ」


 

 三人は再び門の前に戻る。しんがりを歩いていたこぐが中を覗きこんだ。何か気になったのだろうか。しげしげと、こぐにしては興味を隠さず中を覗きこんでいた。


「どうしたの?」

 千秋が尋ねると、こぐはぽつっとつぶやく。

「分かった」

「何が?」

 みふゆがとげを隠さずに尋ねる。

「黒い服の女の正体」

 

 こともなげにこぐは答えた。


「オバケでも犯罪者でもない、ただの人だよ」

 

 そして、何故かふうっ! と息を吐いた。ふうっ! と。千秋の母さんが、千秋やミサコおばさんのバカげたふるまいを目にして怒って呆れたときなんかによくやる「ふうっ!」と同じ息の吐き方だった。

 

 こぐにしてはかなりむき出しの感情表現だった。しかもそれは怒りだ。千秋はとまどう。どうしてこぐがオバケの正体を喝破して怒るのか、まったく見えてこない。

「えっと、どうしたの、こぐ? 何を怒ってるの?」

「今は説明できない。ごめん」


「ていうかなんでこぐれさんには黒い服の女がお化けでも犯罪者でもないってわかったの? できたら説明してほしいんだけど」

 みふゆもトゲ向きだしで尋ねる。それに対する答えも同じだ。

「今は無理。でもそのうちわかるから。ごめん」


 

 ざざあっ、と風に吹かれて竹藪が揺れた。車道も近いのに、この空き家一帯だけあたりから隔絶されたように感じられる。

 その静けさが三人を落ち着かなくさせた。謎の女の正体を見破ったのにその根拠を明かさず、そしてなんだか怒っているこぐへの戸惑いも、そのすわりの悪さに一役買っていた。


「そっか。じゃあなんもなかったってことで、どこか別のところで遊ぼうよ」

 千秋は早々に提案した。なんだかここに居続けるのはよくない気がした。

 

 その予感は的中し、みふゆが別の案を出す。

「ちょっと待って。こぐれさんは黒い服の女がおばけでも犯罪者でもないってわかってるんだよね? 命かけられる?」

「……」


 こぐは頷く。

 千秋はみふゆの腕を引いた。それ以上はやめろの合図のつもりだった。それをみふゆは振り払う。


「怖くはないんだよね?」

「気持ち悪いとは思うけど、怖くはない」

「じゃあさ、母屋のうらのあたりに古い井戸があるんだけど覗いてきてくれない?」


 みふゆは母屋のあたりを指さした。母屋の裏手には裏庭があり古井戸がるのだという。


「結構怖いんだよ、貞子とか出そうで」

 挑発する口ぶりでみふゆは言う。くまパーカーのフードの下からこぐはみふゆを見つめた。

「なんでそんなことしなくちゃいけないの?」

「別に意味なんてないよ。怖くないっていうなら証拠見せてもらおうと思っただけ。あたしは結構怖いから一人で中に入れないけどこぐれさんは平気なんでしょ?」


「ちょっとやめなって」

 千秋はみふゆの腕を再度引っ張った。

「井戸はやめなよ。うちにも畑のすみっこに古い井戸があるんだけどさ、おばあちゃんがいっつも絶対近寄るなって言うよ。万が一のことがあるからって。それに中に入ったら怒られるんでしょ? やめなってば」

「大丈夫だよ、行って覗いてすぐ戻るだけだし、三分もかかんないよ。単なる肝試しなのに千秋ビビりすぎ。ウケる」


 千秋はみふゆがちょっと意地悪になる瞬間が苦手だった。その時もその様子を見せたのでカチンときてしまう。


「じゃあ私も一緒にいくよ、こぐ、行こう」

「いい。一人でいく」

「でも……」

「大丈夫、平気だから」


 こぐは言い、本当に一人ですたすたと歩いて行ってしまった。母屋の横手に入って姿が見えなくなる。


 残された二人は顔を背けあった。千秋も今はみふゆの顔を見たくなかった。みふゆに対してこういう気持ちを抱くのは初めてだ。


「……なんであんな意地悪を言ったの?」

「意地悪? どこが。怖くないなら証拠見せてって言っただけだし」

「それが意地悪じゃん。みふゆ変だよ? なんでこぐに対してああやって突っかかるの? そんなみふゆ、私は嫌だよ」

「変なのは千秋の方じゃん。なんであの子とばっかり遊ぶの? 転校してきたばっかりだから心配するの無理ないって思ってたけど、だからってなんで? 千秋の一番はあたしじゃないの?」


 みふゆの声とは思えない、怒りのこもった声でみふゆは詰る。

 ざわ、ざわと、風に吹かれて竹藪が揺れた。


「一番とかそんな……みんなで仲良くしたらいいじゃん……友達なんだし……」


「あああああ!」

 だしぬけにみふゆは大声を出して、足元の砂利を蹴とばした。じゃりじゃりっと何度も踏みにじる

「キモっ! あたしキモっ! これじゃはるちゃんべったりのまりんちゃんじゃん! きっも!」


 じゃりじゃりっ、みふゆの靴が汚れてゆく。


「あたしこういうの嫌だったのに、女子同士でべったりっての? ああいうの大嫌いだし千秋とならべたべたしなくていい友達になれると思ってたのに……。キモイキモイ。やだもう」


 ぐず、とみふゆが鼻をすすった気配がする。聞いてはいけないもの、見てはいけないものを見てしまった気がして、千秋はとっさに謝る。


「あの……えっと、ごめん」

「謝んなくていいよ。どうせなんで謝ってんのかわかってないんだろうし」


 図星である。なんできつめの冗談を言ったり男子と一緒にふざけまわるのがすきなみふゆがこんなことを言って怒りだすのか、よくわからない。

 さっきまでの怒りがふっとび、突然の展開におろおろしている間にみふゆは自転車のスタンドを上げてさっそうとまたがる。


「ごめん、もう帰る。あんたとはもう一緒に遊ばない」

「えっ?」


 展開が唐突すぎてつかめない。説明が欲しい千秋はみふゆにすがろうと手を伸ばしたが、それを振り払った。


「悪いけどこぐれさんには謝っといて。嫌なことさせてごめんって」

「そういうのはみふゆが直接言いなよ……」

「やだ。もうここにいたくない。あたしがもっとキモくなる。じゃあね」


 自転車のペダルを強くふみこんで、みふゆは去ってしまった。こちらを振り向きもせず行ってしまう。

 追いすがるべきかもしれないが、こぐを置いてゆくわけにはいかない。


 ええええ~……、と残された千秋は途方に暮れた。

 立ち尽くしていると、背後から足音が聞こえた。


「ただいま」

 

 ふりむくとこぐがいた。手にはススキの束がある。


「井戸のそばに生えてたから証拠として摘んできた」

「……ああ、ごめん。その、みふゆ、用事ができたみたいで帰っちゃった……」

 

 自分でも理解できないみふゆの感情を説明できず、とっさにそう取り繕う。こぐはしばらく間をおいてからこぐらしく冷静に伝えた。


「みふゆさんの声、聞こえてた」

「ああそう、聞いてたんだ……まあ結構大きい声だったしね」


 こぐは再び無言になる。千秋も黙らざるを得ない。竹藪がまた風に吹かれてざわざわ音をたてた。


「……あんた追いかけなくていいの?」

 沈黙をやぶったのはこぐの方だった。

「一番仲良しの人なんでしょ?」


「そうだけど……でももうあんたとは遊ばないって言われたし……」

「遊ばないって言われたら遊ばないの?」

「そういうつもりはない、けど……」


 とりつくしまの無さそうだったみふゆの様子をみると、話しかけても無駄な気がする。

 そもそもそうすればこぐが一人になるじゃないか。それも嫌だ。


 大体なんで、こぐをとるか、みふゆを取るか、そんな二者択一を強いられているのだ? おかしくないか? そうだ、おかしいぞ。


 そう気づくとむらむらと時間差で腹が立ってきて、千秋も数分前のみふゆと同じように「ああああああ!」と叫んで地べたを蹴りまくった。



「あたしは、三人で、仲良くしたかった、だけなのにっ!」

 ばか、ばか、みふゆのバカ! 心の中でそう怒鳴りながら、そのリズムにあわせて地面をけりまくった。


 こぐはその間ずっと隣にいる。しばらくすると気が済んだ。


「……帰ろうか」

 いつものように、こぐは無言でうなずく。

 ススキを無意味に左右に振るこぐと、千秋は並んで帰った。その間ずっと二人は無言だ。千秋は悲しいのと悔しいのでいっぱいで口を開くと泣くか怒るかしてしまいそうだった。そしてこぐが無言なのはいつものことだ。



 使い物にならない田舎にある噂だけのお化け屋敷を探検した結果、怪奇で恐怖な超常現象は一切起きなかった。

 しかし千秋の身にはこのような一大事がおきていたのである。


 

 千秋が家に着いた頃にはイシクラさんはとっくに去っていた。ダイニングテーブルにはマカロンの箱があり、ミサコおばさんの帰りを待っていた。


 

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