マニアにとって『変態』とは

 日常生活で『あなたは変態ですね』と言われたらどうなるだろう。普通に考えれば決して褒め言葉ではない。下手をすれば取っ組み合いの喧嘩になっても仕方がないところだ。ところがこの『変態』はマニア同士だと褒め言葉として使われるらしいのだ。


「へぇ、程度が良いプレスカブやん」

「どこをどう見たらそのセリフが出るんや?」


 フラリと部品を買いに来たこの男は正真正銘の変態だ。間違いない、正真正銘の変態だ。冗談でもリツコさんの脱ぎたてパンストをくれなどと言う奴は変態に違いない。たとえ相手が合衆国大統領や北の将軍様だったとしても異論は認めない。


「書類付きで歪みがなさそう。錆びもそれほど出てないからや」

「中島の基準やと“程度良好”か、要るなら売るぞ」


 欠品こそ多いが錆が少ない書類付きフレームだ。泥だらけだが、泥の下に在るのが健全な鉄板か錆穴か。何が出るかすら楽しむこの男には問題ないだろう。プレスカブならではの部品も残っていることだ。確かこいつはエンジン試験台代わりの書無しカブを一台持っていたはず。安くで直せるだろう、部品を頼んでくれればウチは儲かる。


「う~ん、値段次第かなぁ」

「ノークレーム・ノーリターンでエエなら安くする」


 素性のわからないカブだから後々文句を言われないように釘を刺しておく。ウチで診てきたカブならまだしも、どう使われたかわからないプレスカブはチョット怖い。流石の中島も「う~ん、二~三日考えさせて」と、即答はせずこの日は帰った。


◆        ◆        ◆


 倉庫へ入れようと思っていたプレスカブの残骸。中島が帰ったあとに来客が有ったので方付けることが出来ず、店にそのまま放っておいた。


「あ、カブ?」

「うん、新聞配達用のプレスカブ」


 帰ってきたリツコさんはプレスカブを見て「部品が無いわね」と言った。


「そうやな、直すのは手間やからこのまま(レストア)ベースで売ろうかと思う」

「これを直すのは『変態』ね」


 一般的に『変態』は悪い意味で使うのだが、一部のマニア間では褒め言葉として使われる。それはどちらの意味かと聞いたら「どちらの意味でも」と返事が返ってきた。


「わざわざ部品が無いカブを買って自分で直そうなんて、絶対にお金も手間もたくさん要るもの。だったら中さんのお店で買う方が良いかなって。そんな面倒なことをするのは『愛がある変態』か『苦しむ事が快感な変態』のどちらかだと思う」


 だったらチョイボロなミニバイクばかり直しては売って生計を立てている俺はどうなんだって気がするのだが、答えが怖いから聞くのは止めておこう。


「買おうか悩んでるのは中島」

「変態よっ! 私の脱ぎたてパンストを頭に被って踊りたいなんて変態だわっ!」


 どこをどうなったのか『奥さんの脱ぎたてパンストを』が妙な方向へ全力疾走して話に尾ひれどころかジェットエンジンまでついている。無論、訂正なんかしない。


「まぁアレや、ボロいカブを中島に売るのは武〇鉄○に木のハンガーを渡す様なもんやけどな。ジャッ○ー・チェンに長椅子を投げつけるとかと一緒か……」


 若い子には解らないかもしれないが、『武〇鉄〇に木のハンガー』や『ジャッ○ー・チェンに長椅子』は非常に危険な組み合わせと言われている。得物を手にした途端に凹られるパターンだ。『鬼に金棒』とも言う。


「……わかんない」

「そうか、わからんか……」


 リツコさんには俺の例えが解りにくいらしい。これがジェネレーションギャップって奴だろうか。一回り以上年齢が離れていると難しい面が多々ある。


「中島は一歩間違うとウチの売り上げに影響するレベルで安いカブをこしらえて売ってしまうからな。利益度外視で直されたカブはちょいと怖いぞ」


 中島は時々だが妙に速いカブをこしらえてしまう。中島がこしらえるカブは恐ろしく速い。その走りは『前へ前へと、まるで狂おしく身を捩る様に突き進む』と言われている。どこぞの悪魔じゃあるまいし、車体がパワーに負けているだけだ。


「怖いカブなんて見たことないわ、カブは平和な乗り物よ。身内も友人も居ない、彼氏も居ない。居ない居ないの女の子に新しい世界を見せるオートバイよ?」

「それはリツコさんの事やな」


 ともかく、売れるなら売ってしまおうと思う。販売価格こそ安いが手間も部品代もかからない。しかも部品を買ってくれればウチは儲かる。


 よし決めた、八千円で売ろう。



https://kakuyomu.jp/works/1177354054884170119/episodes/16816700427510898686

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