プレスカブ
プレスカブとは新聞配達に特化した装備を備えるスーパーカブの一種である。目立つのは前カゴや荷台が大型化されていること、新聞を積んだ状態で前方を照らすために前に移動されたヘッドライト。頑丈なサイドスタンドも特徴的な装備だ。それ以外にも冬の配達で手を温めるグリップヒーターやグリップヒーターを使ってもバッテリー上がりを起こさないように強化された発電機。変更や装備追加は多々にわたる。
「車体に使われてる鉄板が厚いみたいな噂もある」
「ふ~ん、でも中さんのお店で見たこと無いよ? ね、レイちゃん」
聞かれたレイは「ふにゃ?」と返事をしてからこちらに顔を向けた。やはりレイはリツコさんに似ている。今は小さなリツコさん状態だが、大きくなったら瓜二つになるだろう。
「働くカブの装備って魅力的なんやけどな、プレスカブは限界まで使われて放出されるからなぁ」
郵政カブはマニアの間で人気車種だからボロでも復帰されるパターンが多い。そもそも一般流通しない車種だからってのもある。
「限界まで使われて廃車のパターン?」
「そう、だから外された部品がネットで流通してる訳や」
プレスカブはスーパーカブと基本的に共通の車体。だから希少価値が出にくい。
「しかもプレスカブ特有の装備が困ったもんでな」
プレスカブの特徴の一つに強化されたリヤハブがある。何かの流用かもしれないが普通のスーパーカブよりシャフトが太くブレーキも大きい。大きなハブのせいかスプロケット取付け部がスーパーカブと違う。ハブが違うからスイングアームも別部品、修理でスイングアームごとスーパーカブ用に交換されてしまう個体もある。
「スプロケット交換でセッティングしようにも互換性が無い。ローギヤードやからスピード違反の心配はないけど燃費が落ちる。スイングアームごとスーパーカブの物に換えてしまえばスプロケットは選び放題、でもそんな面倒なことをするんやったら最初からスーパーカブを買う方が良い」
俺の説明なんて聞いていない二人は酒の肴に夢中。今夜の肴は焼き鳥だが、レイは砂肝が気に入ったらしい。なんとも渋い好みだ、お肉が大好きなのはママから引き継いだに違いない。将来はリツコさんと同じく酒飲みになるのではないかと心配になる。
「や~んレイちゃん、ママの砂肝を全部食べないで~」
「にゃん、
砂肝は塩で、皮はタレ。もも肉はどちらもがリツコさんの好み。レイに砂肝を半分以上食べられたリツコさんが半泣き状態でこちらを見てくる。
「中さん、砂肝はもう無いの?」
「うん、砂肝はそれだけ」
リツコさんは「そんなぁ」とか言っているが、それは説明を聞いてもらえない俺のセリフだ。今夜の焼き鳥は店で買ってきたやつだから追加は無い。
「レイちゃん、もも肉もたべようね」
「やっ!」
良いも悪いも親に似ると言ったもので、レイが「やっ!」と嫌がる様子はリツコさんそっくりだ。
「レイちゃん、皮なの? 皮なの?」
「にゃん♪ にゃ? ふにゅ?」
口に入れたはよいものの、クニャクニャした皮の食間に戸惑うレイ、そしてもも肉を食べてはビールを呑むリツコさんを見ていると心が安らぐ。俺の遺伝子はどこかに引き継がれたのだろうか?
◆ ◆ ◆
大島家でリツコとレイが焼き鳥を食べていた頃、パソコンの画面を見て唸る男が居た。大島サイクルの常連であり、スーパーカブに対する性的興奮を抑えられない男。
「プレスカブ……プレスカブ……レストア……違い……」
世間一般で『変態』と呼ばれるタイプの人間である中島はプレスカブの情報を得ようとインターネットで『プレスカブ レストア 違い』と検索していた。
「ふむ、情報が少ないな」
新聞配達で限界まで使い込まれるプレスカブ。中島もプレスカブは一台持っているが、一番安い質素な塗装がされたグレード。程度は悪くフレームが腐り穴が開いている。
「我が家のプレス(カブ)はフレームがグサグサやからな」
アームのブッシュが駄目なのもあるがフォーク自体も歪んでいるのだろう。フロントタイヤはフェンダー取り付けボルトを削るほどに傾いている。路上で走らせるのは危険と判断したこの男は、完成したエンジンを試験運転するエンジンベンチ代わりに使っている。
「うちに在るのより程度が良くてグリップヒーターの配線付き、塗装も良い……」
……いや、実はこのプレスカブは中島の手元に来てから公道を走ったことが有る。エンジンベンチとなって数か月後、盗まれただけならまだしも田んぼへ突っ込んでいる。犯人が言うには「まるで意志を持つように操作を拒んだ」らしいが、実際はコーナリング途中で後輪がロックしただけ。プレスカブの後輪に備えられた大型ブレーキが原因だ。
「欠品は在ったけどフレームは生きてたからなぁ、どうしたもんか?」
フレームと書類が生きているなら『地獄からでも蘇る』と伝説が有るスーパーカブである。
「まずは値段やな、仕入れ値は大島ちゃんの事やから……」
蘇らせるのは簡単だろうと思った中島は、プレスカブをどのように弄れば自分好みになるかを考え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます